あなたのためには泣きません

あっけない失恋

「さすが、滝沢さん!よく練られた仕様書だと思います!」

そう言いながら、山中さんは今日も満面の笑顔で私を見てくれる。
私の心の中に、温かくふんわりした気持ちが広がる。

「そうですか。よかった!山中さんのご指導のおかげです!」

「いやぁ。この製品の仕様をここまで深く理解してくれているの、うちの営業でも限られていますよ。専門的な内容なのに、本当によく勉強してくださって、技術の僕として幸せの限りです!」

と、手放しの賛辞だ。

嬉しい!この言葉と笑顔が欲しくて、寝る間も惜しんで勉強したのだ。

あとはこれをうちの営業部会議にかけて、OKが出れば、山中さんの考えた部品を採用した製品をうちで作ることができる。

「では、これを次のうちの会議にかけます。それでOKが出れば、次の打ち合わせは来週の月曜でいかがでしょうか?」

スマホのスケジュールを見ながらルンルンとしている私に、山中さんが少し言いづらそうな口調で

「いや。ちょっと来週は、都合が悪くて、、、」

「あ、そうなんですか?お忙しいんですね。じゃぁ、再来週の・・・」

と言いかかった私に

「実は、来週から2週間お休みをいただくんです」

と私の頭上高くから山中さんが言う

「え?それは、長いお休みですね」

スマホから顔を上げた山中さんを仰ぎ見れば、なんだか、照れているような表情で顔も少し赤い。

「はい。来週結婚式で、それから少し旅行に」

と、こめかみの汗をぬぐうようなしぐさをしながら言う。

「え?」

この時の私は、さぞ間抜けだっただろう。
まだ山中さんのいう結婚が、彼自身のものだと思いもしていないんだから。

「けっこん?」

馬鹿みたいに繰り返す私に

「はい。年明けに籍は入れたんですが、来週に挙式なんです。僕」

と、はにかみながら、とてもうれしそうな、私の大好きな笑顔で彼は告げた。

「妻とは同期なんですが、経理部なもので、年度替わりの繁忙期を終えてからしか挙式はできなくて。5月に入った今になったんです。」

目の前が真っ暗になるとは、こういう時のことを言うんだろう。
耳がきーーーんと鳴って、それ以上の言葉を聞くまいとしているようだった。

そこからどうやって会話をしたのか、自分でもはっきりと覚えていない。

視界がぐるぐると回るような、なんとも言えない不快感の中、
「そうですか」とか「それはそれは」とか言ったような気がするけれど、確かじゃない。

心の中で、嘘だ嘘だと自分で叫んでみたけれど、山中さんはとても幸せそうな笑顔を崩さず、
「旅行のお土産、楽しみにしてくださいね」
と言った。

まるでそれが私にとっても、とても幸せなニュースであるかのように。
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