一週間後君が夜に眠るまで
学校に近付くにつれて沈んでいく心。
対照的に彼女は学校に近付くにつれて、あからさまな程に顔がワクワクしている。
今から虐められに行くようなものなのに。
そう言えば何故僕を守ってくれるのだろう。
あんなに細い身体では太刀打ちどころか、一方的に暴力を受けてしまうだろうに。
それとも何か、空手の有段者だったりするのだろうか。
とてもそんな風には見えないけどな。
僕の隣で電車の窓一面に映る海を、輝いた目で眺めている彼女は、どんな気持ちで僕と居てくれているのかな。
そしてこれから起こる陰湿な虐めに、どんな感情を抱くのかな。
「ん、どうかした?」
どうやら僕は思考と共に顔も翳ってしまっていたようだ。
僕のよくない癖だ。
彼女はド天然なくせに勘は鋭いらしい。
「いや、君の服とか、身の回りのもの買わないといけないなとか、空き部屋はあるからそこを整頓して君の部屋にしようかなとか、ちょっと考え事してた」
「え、良いのに。家から持ってきたし。あ、もしかしてそういう趣味が…」
「ないね。断じてないよ。君はそのくだりが好きだね。服に関しては君がどれくらい僕の家に住み込むのかによるけど、不足の事態が起こった時に備えておかないといけないからね。備えあれば憂いなし、だよ」
「そっか。じゃあお言葉に甘えちゃおう。勿論服代はあなたの奢り?」
「まぁ、そうなるね。あまり高価な物は買えないけど、好きな服を選べば良い。僕はファッションとかにとことん疎いからね。助言は出来ない」
「確かにあなたの服黒かったもんね。ついでに私がコーディネートしてあげようか?」
「うーん考えておくよ」
正直、怖い。
本当に女装とかさせられてしまいそうだ。
因みに僕の高校は制服が無く、私服だ。
そして彼女に言われたように、僕は黒い服しか所持していない。
丁度、今日の彼女のパジャマのようなジャージ類なのだが、僕が着るのと彼女が着るのとで印象が変わってくるのが不思議だ。
暫く沈黙が続いた後、降りる駅に着いたというアナウンスが流れた為、彼女を引き連れて、電車を降りたのだった。
駅を出て、立ち並ぶ高層ビル街を彼女の歩調に合わせて歩き続ければ、ストレスの根源である第三高校が姿を現す。
それなりに歴史があり、所々塗装が剥げている校舎に、小さいグラウンド、何故か直されていない止まったままの時計。
ここで僕は人並みな高校生活を送れると思っていた。
それなのに、このザマだ。
別に誰かが悪い訳ではない。
強いて言うなら僕が悪い。
そんな悶々とした思考を巡らせていたが、無理矢理遮った。
そう、隣には彼女がいるのだ。
さっきみたいに心配されるのは避けたい。
校門の前で深呼吸をして、虐められる覚悟を作る。それは彼女も同じだったようで、全く同じタイミングで息を吐いた事に驚き、吹き出した。
「はぁー、折角覚悟決めたのにね、気が抜けちゃったよ。まぁ何とかなるでしょ。本当に辛くなったら私のところに来て。守ってあげるから」
「うん。男としては絶対に行きたくないけどね。君が悲しむなら従うよ。じゃ、お互い頑張ろう。終礼終わったらすぐに体育館裏に来て。そこなら人目を気にせずに一緒に帰れるから」
「分かったー。なんか告白されちゃったりして。なんてね。また後でねー」
なんて元気に駆けて行ったが、彼女自身が置かれている状況を理解しているのだろうか。
まぁ良い、何とか耐え忍んでみせる。
職員室を訪れ、先生に叱られ、階段で躓き、廊下で足をかけられ無様に顔から転んだ。
いつも通りだ。
慣れてしまった狂った日々。
痛むおでこを摩りながら教室のドアを開けると、僕は後先考えずに駆け出した。
そして、彼女に馬乗りになって殴り続けている名前も知らない同級生を突き飛ばした。
やっぱり、やっぱりそうなんだ。
彼女は僕より弱い。
でも、僕より心が強いんだ。
殴られている時も唯々殴られるのではなく、相手の胸倉を掴んでいた。
多分彼女は僕の陰口を聞いて、彼女から掴みかかったのだろう。
僕なんかを、守る為に。
今度は僕が彼女の手を引き、暴言を背中に受けながら教室を出た。
そのまま屋上へ行き、泣き噦る彼女の背中をさすった。
酷い奴等だ。
こんなにもか弱い女子を殴りつけるとは。
そしてこの時やっと気付いた。
僕は彼女に護られる訳にはいかない。
僕が彼女を護らなければいけなかったのだ。
気付くのが遅かった。
彼女をこんなにも傷付けてしまった。
「ごめん。本当に、ごめん。僕の所為で君がこんな目に遭ってしまったんだ。でも、ここは安全だからね。僕は君を傷付けた奴等が許せない。君はここにいて。僕はちょっと…戦ってくる」
そう言って立ち上がった僕だったが、彼女は僕の袖を引いた。
「ううん、駄目。今あの人達は私の所為で凄く怒ってる。あなたが行っても怪我人が増えてしまうだけ。怒っている人は何をするか分からない。だから、私の傍にいて欲しい」
震える瞳で見つめられ、言葉に詰まった。
「…分かった。君の望むままにしよう。でも一つだけ、頼みがある。もう、僕を護らないで欲しい。君が傷付くのは耐えられない」
そう言うと彼女は、声をあげて泣き出した。
そんな彼女の隣で僕は、何もできずに唯々佇んでいた。
その日はそのまま僕の家に帰った。
彼女は家に着くなり僕のベッドに寝転がり、すぐに眠ってしまった。
体力を消費したのだろう。
そう思うだけで僕は自己嫌悪に襲われる。
彼女の涙の跡を眺めながら
「明日は学校休もうか」
なんて、呟いたのだった。
対照的に彼女は学校に近付くにつれて、あからさまな程に顔がワクワクしている。
今から虐められに行くようなものなのに。
そう言えば何故僕を守ってくれるのだろう。
あんなに細い身体では太刀打ちどころか、一方的に暴力を受けてしまうだろうに。
それとも何か、空手の有段者だったりするのだろうか。
とてもそんな風には見えないけどな。
僕の隣で電車の窓一面に映る海を、輝いた目で眺めている彼女は、どんな気持ちで僕と居てくれているのかな。
そしてこれから起こる陰湿な虐めに、どんな感情を抱くのかな。
「ん、どうかした?」
どうやら僕は思考と共に顔も翳ってしまっていたようだ。
僕のよくない癖だ。
彼女はド天然なくせに勘は鋭いらしい。
「いや、君の服とか、身の回りのもの買わないといけないなとか、空き部屋はあるからそこを整頓して君の部屋にしようかなとか、ちょっと考え事してた」
「え、良いのに。家から持ってきたし。あ、もしかしてそういう趣味が…」
「ないね。断じてないよ。君はそのくだりが好きだね。服に関しては君がどれくらい僕の家に住み込むのかによるけど、不足の事態が起こった時に備えておかないといけないからね。備えあれば憂いなし、だよ」
「そっか。じゃあお言葉に甘えちゃおう。勿論服代はあなたの奢り?」
「まぁ、そうなるね。あまり高価な物は買えないけど、好きな服を選べば良い。僕はファッションとかにとことん疎いからね。助言は出来ない」
「確かにあなたの服黒かったもんね。ついでに私がコーディネートしてあげようか?」
「うーん考えておくよ」
正直、怖い。
本当に女装とかさせられてしまいそうだ。
因みに僕の高校は制服が無く、私服だ。
そして彼女に言われたように、僕は黒い服しか所持していない。
丁度、今日の彼女のパジャマのようなジャージ類なのだが、僕が着るのと彼女が着るのとで印象が変わってくるのが不思議だ。
暫く沈黙が続いた後、降りる駅に着いたというアナウンスが流れた為、彼女を引き連れて、電車を降りたのだった。
駅を出て、立ち並ぶ高層ビル街を彼女の歩調に合わせて歩き続ければ、ストレスの根源である第三高校が姿を現す。
それなりに歴史があり、所々塗装が剥げている校舎に、小さいグラウンド、何故か直されていない止まったままの時計。
ここで僕は人並みな高校生活を送れると思っていた。
それなのに、このザマだ。
別に誰かが悪い訳ではない。
強いて言うなら僕が悪い。
そんな悶々とした思考を巡らせていたが、無理矢理遮った。
そう、隣には彼女がいるのだ。
さっきみたいに心配されるのは避けたい。
校門の前で深呼吸をして、虐められる覚悟を作る。それは彼女も同じだったようで、全く同じタイミングで息を吐いた事に驚き、吹き出した。
「はぁー、折角覚悟決めたのにね、気が抜けちゃったよ。まぁ何とかなるでしょ。本当に辛くなったら私のところに来て。守ってあげるから」
「うん。男としては絶対に行きたくないけどね。君が悲しむなら従うよ。じゃ、お互い頑張ろう。終礼終わったらすぐに体育館裏に来て。そこなら人目を気にせずに一緒に帰れるから」
「分かったー。なんか告白されちゃったりして。なんてね。また後でねー」
なんて元気に駆けて行ったが、彼女自身が置かれている状況を理解しているのだろうか。
まぁ良い、何とか耐え忍んでみせる。
職員室を訪れ、先生に叱られ、階段で躓き、廊下で足をかけられ無様に顔から転んだ。
いつも通りだ。
慣れてしまった狂った日々。
痛むおでこを摩りながら教室のドアを開けると、僕は後先考えずに駆け出した。
そして、彼女に馬乗りになって殴り続けている名前も知らない同級生を突き飛ばした。
やっぱり、やっぱりそうなんだ。
彼女は僕より弱い。
でも、僕より心が強いんだ。
殴られている時も唯々殴られるのではなく、相手の胸倉を掴んでいた。
多分彼女は僕の陰口を聞いて、彼女から掴みかかったのだろう。
僕なんかを、守る為に。
今度は僕が彼女の手を引き、暴言を背中に受けながら教室を出た。
そのまま屋上へ行き、泣き噦る彼女の背中をさすった。
酷い奴等だ。
こんなにもか弱い女子を殴りつけるとは。
そしてこの時やっと気付いた。
僕は彼女に護られる訳にはいかない。
僕が彼女を護らなければいけなかったのだ。
気付くのが遅かった。
彼女をこんなにも傷付けてしまった。
「ごめん。本当に、ごめん。僕の所為で君がこんな目に遭ってしまったんだ。でも、ここは安全だからね。僕は君を傷付けた奴等が許せない。君はここにいて。僕はちょっと…戦ってくる」
そう言って立ち上がった僕だったが、彼女は僕の袖を引いた。
「ううん、駄目。今あの人達は私の所為で凄く怒ってる。あなたが行っても怪我人が増えてしまうだけ。怒っている人は何をするか分からない。だから、私の傍にいて欲しい」
震える瞳で見つめられ、言葉に詰まった。
「…分かった。君の望むままにしよう。でも一つだけ、頼みがある。もう、僕を護らないで欲しい。君が傷付くのは耐えられない」
そう言うと彼女は、声をあげて泣き出した。
そんな彼女の隣で僕は、何もできずに唯々佇んでいた。
その日はそのまま僕の家に帰った。
彼女は家に着くなり僕のベッドに寝転がり、すぐに眠ってしまった。
体力を消費したのだろう。
そう思うだけで僕は自己嫌悪に襲われる。
彼女の涙の跡を眺めながら
「明日は学校休もうか」
なんて、呟いたのだった。