パラサイト -Bring-
ちょうど買い物をする人が多い時間帯だった。肉や魚、野菜や惣菜…半分以上が売れて、棚は少し寂しく思えた。
「ついでに晩飯も買うか…」
これまでのように惣菜コーナーに行くものの、今日万由子に言われた言葉をふと思い出した。どうせコンビニ弁当だろ、という万由子の推理。正直、毎日出来合いのものでも俺はいいと思っていた。食事は、腹が満たされて多少の栄養があれば、それでじゅうぶんだと思っていた。両親が作ってくれなかったから、という言い訳をしたくもなったが、歳を重ねるにつれて両親の事情も分かるようになり、不平を言う必要はないと思った。
でも、さすがに飽きる部分もあるし、温かいものを食べたいとも思うことはある。
…せっかく来たなら、自炊でもしてみようか。
「……なに作ろう」
自炊はいいが、肝心な部分が決まらない。
一から作るにしても、作り方を知らない。調べれば済むとは思ったが、今まで料理に関してはてんでダメだった記憶しかない。
「ママ、これ美味しそう!」
「青椒肉絲…いいわね。じゃあ今夜はこれにしましょう」
親子の会話を盗み聞きして、そっちの方を見てみる。
「なるほどな」
パッケージには『野菜を入れて炒めるだけ!』と書いてあった。Cook Doing は俺でも聞いたことがあるやつだ。手軽に料理できるとかいう……便利なやつ。
「手順は……簡単なんだな」
野菜を買って、それと内包された具材を炒めればできるらしい。あの親子に感謝だな。
さっそく目当ての野菜のコーナーに向かった。相変わらず人は多かった。世の中の主婦は、ほぼ毎日これをしていると思うと、頭が上がらないと思った。もちろん、お袋にも感謝はしているが、世間一般に見る『お母さん』の像ではないことは、小さい頃からなんとなく知っていた。だから、さっきの親子を羨ましいと感じた自分もいた。
「あれ?紅馬くん?」
「えっ?」
「やっぱり紅馬くんだ!晩ご飯のお買い物?」
「そんなところかな」
まさかここで万由子と会えるとは思っていなかった。
「…お弁当じゃないんだね」
「自炊をしようかと」
「私に言われたから?」
「…そうだったかもな」
また言い当てられてしまった。本当は、俺の思考が目に見えてるんじゃないかとさえ思った。まあ、万由子になら見られても問題は…けっこうあった。
「ねえ、今日はひとり?」
「ああ」
「よかったら、今日のご飯うちで食べない?」
「え?」
「自炊するって言ってたけど、心配で」
「う…」
「だめ?」
「(だめじゃない。むしろいい…いやいやいや、よくないだろ。女の子の家に上がるのは、さすがに気が引けるぞ…)」
「大丈夫、お父さんもお母さんも、お客が大好きだから」
「…い、いや。それでも悪いって」
「…もしかして、私に何か変な気があるとか、思ってる?」
「いやそれは無い」
「そんなはっきり言わなくても」
思わず笑ってしまった。
「俺が心配してるのは、彼氏さんに悪いんじゃないかって」
「彼氏?なんの話?」
「えっ?」
「私、彼氏いないよ」
「…じゃあ、快斗は…」
「ああ、あれはただの腐れ縁。幼稚園からずっと一緒だったから、なんか変わり映えしないねって話はしてたけど」
…勝手に彼氏だと思っていた。思い込んでいた。隣にいて、楽しげに話していたから、もうスキは無いと勘違いしていた。
でも、これで俺にもチャンスがあると思った。我ながら、どこまでも汚い男だというのは分かっていた。でも、どうしていいか分からなかった。
「…なら、お言葉に甘えて」
「ふふっ、そうこなくちゃ」



会計を済ませて、ふたりで並んで万由子の家へ向かう。
「荷物、持つよ」
「ホント?ありがとっ」
…案外重たかった。
「夕焼け、綺麗だね」
「ああ。綺麗だ」
空はあかく染まり、山々が暗くなり始めていた。数ヶ月前じゃ、見られなかった山紫水明の景色だ。
ふと横を見ると、夕日に照らされた瞳が、綺麗に陽の光を反射していた。その横顔は、綺麗じゃ収まらないほどだった。麗しい、いやもっとだ。
その姿をそばで見守りたい、それは当然のことだが、どうせ無理だと落胆している自分もいた。思い込みが過ぎるくせに、起伏が激しい。我ながらつくづく面倒なやつだと思った。
「ねえ、紅馬くん」
「ん?」
「私のこと、受け入れてくれてありがとう」
突然、神妙な顔をして話し始めた。
「どういうことだ?」
「私の目、色違うでしょ。このせいで、どこに行っても仲間外れだったんだ」
たしかに、紺色と緑色という珍しい組み合わせだ。でも、疎ましく思ったり、仲間外れにしたくはならない。逆に、そんな人がいるほうが驚きだ。
「ウソじゃないよ。ホントに、紅馬くんが初めてだった」
「……」
「あ、快斗は別だけどね?あの子は何も考えてないから」
「ずいぶん仲がいいんだな」
「幼馴染だからかな。思考が全部丸わかり。つまんなくて」
「…いいな、そういうの」
「…ごめんね」
寄り添うつもりが、寄り添われた気がした。いったい何をしているんだ、俺は。
「いや、いいんだ。憧れてるってだけで」
幼馴染どころか、まともな友達もできやしなんだった。ガキの頃からそうだったから仕方ない。
「強いね、紅馬くん」
「え?」
「私だったら、そんなの耐えられないかも」
「…俺は強くない。行く先々で、いい人たちと巡り会えた。それだけさ」
「なんか、カッコいい」
「だろ?」
でも、これは本心だ。転校を繰り返して、そのたびに優しいみんなと出会えた。繋がりは浅いけれど、俺から見たらみんな恩人なんだ。向こうは覚えてないかもしれないけど。
「私と出会えたことも?」
「えっ?」
「私と紅馬くんが、こうして出会えたことも、いいご縁かな?」
答えは当然決まっていた。
「…ああ。今までで一番かもな」



車を駐車場に止めて、ほとんど人のいない墓園前で遥を待つ。まさかこんなに緑があるとは思わなかったから、見えない万由子と出かけたように思えた。
そういえば、何度か万由子と二人でこうしてアウトドアを楽しんだことがある。その時は決まってお弁当を大量に作ってくれたのだが、食べ切れる量ではなかった。足りなければどこかで買えばいい、と何度も言ったが、『なんでもたくさんあれば幸せだよ』と言って聞かなかった。
—唐揚げ、美味かったな。
無意味だとは分かっていても、どうしてもそこにいる気がしてならなかった。声をかけずにはいられなかった。虚しくなるのは、分かっているのに。
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