離してよ、牙城くん。
光景を目の当たりにすると、感情が消えたように何も思わなかった。
ただ、残るのは空っぽの心。
……ああ、そうか。
もう、きっとよりを戻したんだ。
牙城くんが、幸せになるなら、それで……いいかな。
わたしなんて、もう不必要なはずなのに……なんで助けになんか来たんだろう。
「祥華。百々を返して」
敵なしの物言いは、だれも文句が言えない強さを持っていて。
“百々”と、久しぶりに呼んだ声を聞いて、小さい頃の思い出が蘇る。
……あの頃には、もう戻れない。
わたしたちには、何も残っていない。
在るものは……、深くて底のない、溝だけだ。