離してよ、牙城くん。




光景を目の当たりにすると、感情が消えたように何も思わなかった。

ただ、残るのは空っぽの心。





……ああ、そうか。

もう、きっとよりを戻したんだ。



牙城くんが、幸せになるなら、それで……いいかな。



わたしなんて、もう不必要なはずなのに……なんで助けになんか来たんだろう。





「祥華。百々を返して」




敵なしの物言いは、だれも文句が言えない強さを持っていて。


“百々”と、久しぶりに呼んだ声を聞いて、小さい頃の思い出が蘇る。




……あの頃には、もう戻れない。


わたしたちには、何も残っていない。


在るものは……、深くて底のない、溝だけだ。








< 287 / 381 >

この作品をシェア

pagetop