無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
この日、エルはミラルカに屋敷の中を案内されていた。
ベッカー邸はさすが侯爵家というだけあってかなり広く、いつ大勢の客が訪れても泊まれるくらい部屋もたくさんある。そのため、知らないエルは案内がなければ道に迷うこと必須だった。
不便だからとミラルカは行きそうな場所だけ最初に教えてくれた。
食堂、エントランス、庭園までの道。あとは図書室、ミラルカやヒュークが控えている書斎だ。一度に言っても覚えられないため、他は追々教えてくれるそうだ。
「とりあえず、こんなところかしら。分からなくなったら遠慮なく呼んで下さいね」
『ありがとうございます』
一通り案内を終えると、ミラルカは仕事に戻った。
エルは今教わった道を思い出すために、メモに書き記した道を辿りながら部屋の場所を確かめることにした。
一つ一つの部屋が遠く、まるでお城のようだ。そんなことを考えながら、メモを何度も見る。
屋敷の中を一人で歩いたことはない。少し不安を感じながら、ゆっくりと歩く。けれどミラルカがいないせいか、すぐに方角がわからなくなった。
エルは途方に暮れた。自分の部屋がニ階にあることは分かっているが、帰る方向すら分からなくなっていた。
困っていると、近くの部屋のドアが開いた。驚いてつい身が強張る。
「ん? お前は────」
部屋から出てきたのはネリウスだった。
エルはどうしていいか分からず戸惑った。二人きりで会ったことなどない。喋ることもできない。咄嗟のことで、道を聞くという選択肢も思い浮かばなかった。
一方ネリウスの方は、メモを握りしめていたエルを見てすぐに状況を理解したらしい。
「道が分からないのか?」
エルはネリウスが喋ったことにも驚いていたが、声を掛けてくれたネリウスの声が優しくて少し緊張が解けた。
エルはそうです、と何度も頷いた。
ネリウスは距離を保ったまま声をかける。
「どこに行きたいんだ?」
エルは喋って伝えることが出来ないので、メモを見せて指差した。
「図書室か……こっちだ」
ネリウスはそう言うと歩き始めた。
案内してくれるのだろうか。エルは後を追って付いて行くことにした。
少し歩いたところで、ネリウスは大きな扉の中に入って行く。エルも一緒にその中に入った。
図書室の中には壁一面に本棚があり、見たこともないくらいの書籍が積まれていた。
エルはキョロキョロと周囲を見渡したあと、ネリウスに頭を下げた。案内してくれたことに感謝した。
「屋敷の中を見て回ってるのか?」
一瞬怒られると思ったが、ネリウスの表情は穏やかだ。エルはためらいがちに頷いた。
「ここの本はどれでも好きに読んでいい。字は……読めるのか?」
エルは困った。簡単な読み書きくらいなら出来るが、ここにある本はどれも難しそうでタイトルすら読めない。
ネリウスの厚意を無駄にしてしまう────。
ネリウスはそんなエルの表情を見てなんとなく分かったのか、部屋の中を探していくつかの本をエルに手渡した。
「お前はある程度なら字が書けるんだろう。これなら簡単だから読めるはずだ」
ネリウスが渡してきた本は読みやすそうな初心者向けの本だった。エルは思わず嬉しくて本を握りしめた。
「読み書きを練習したいならミラルカかヒュークに教えてもらえ。必要なものがあったら買って来させる」
ネリウスはそう言うと、すぐに図書室を出て行った。
思ったよりもずっと優しい。それに親切な人だ。エルはてっきり何か言われるんだとばかり思っていたがそんなことはなかった。
いつも怒られてばかりで、ビクビクしていた。だが、彼はそんなところはちっとも見せない。
ネリウスと喋ってみたい。初めてそう思った。
ベッカー邸はさすが侯爵家というだけあってかなり広く、いつ大勢の客が訪れても泊まれるくらい部屋もたくさんある。そのため、知らないエルは案内がなければ道に迷うこと必須だった。
不便だからとミラルカは行きそうな場所だけ最初に教えてくれた。
食堂、エントランス、庭園までの道。あとは図書室、ミラルカやヒュークが控えている書斎だ。一度に言っても覚えられないため、他は追々教えてくれるそうだ。
「とりあえず、こんなところかしら。分からなくなったら遠慮なく呼んで下さいね」
『ありがとうございます』
一通り案内を終えると、ミラルカは仕事に戻った。
エルは今教わった道を思い出すために、メモに書き記した道を辿りながら部屋の場所を確かめることにした。
一つ一つの部屋が遠く、まるでお城のようだ。そんなことを考えながら、メモを何度も見る。
屋敷の中を一人で歩いたことはない。少し不安を感じながら、ゆっくりと歩く。けれどミラルカがいないせいか、すぐに方角がわからなくなった。
エルは途方に暮れた。自分の部屋がニ階にあることは分かっているが、帰る方向すら分からなくなっていた。
困っていると、近くの部屋のドアが開いた。驚いてつい身が強張る。
「ん? お前は────」
部屋から出てきたのはネリウスだった。
エルはどうしていいか分からず戸惑った。二人きりで会ったことなどない。喋ることもできない。咄嗟のことで、道を聞くという選択肢も思い浮かばなかった。
一方ネリウスの方は、メモを握りしめていたエルを見てすぐに状況を理解したらしい。
「道が分からないのか?」
エルはネリウスが喋ったことにも驚いていたが、声を掛けてくれたネリウスの声が優しくて少し緊張が解けた。
エルはそうです、と何度も頷いた。
ネリウスは距離を保ったまま声をかける。
「どこに行きたいんだ?」
エルは喋って伝えることが出来ないので、メモを見せて指差した。
「図書室か……こっちだ」
ネリウスはそう言うと歩き始めた。
案内してくれるのだろうか。エルは後を追って付いて行くことにした。
少し歩いたところで、ネリウスは大きな扉の中に入って行く。エルも一緒にその中に入った。
図書室の中には壁一面に本棚があり、見たこともないくらいの書籍が積まれていた。
エルはキョロキョロと周囲を見渡したあと、ネリウスに頭を下げた。案内してくれたことに感謝した。
「屋敷の中を見て回ってるのか?」
一瞬怒られると思ったが、ネリウスの表情は穏やかだ。エルはためらいがちに頷いた。
「ここの本はどれでも好きに読んでいい。字は……読めるのか?」
エルは困った。簡単な読み書きくらいなら出来るが、ここにある本はどれも難しそうでタイトルすら読めない。
ネリウスの厚意を無駄にしてしまう────。
ネリウスはそんなエルの表情を見てなんとなく分かったのか、部屋の中を探していくつかの本をエルに手渡した。
「お前はある程度なら字が書けるんだろう。これなら簡単だから読めるはずだ」
ネリウスが渡してきた本は読みやすそうな初心者向けの本だった。エルは思わず嬉しくて本を握りしめた。
「読み書きを練習したいならミラルカかヒュークに教えてもらえ。必要なものがあったら買って来させる」
ネリウスはそう言うと、すぐに図書室を出て行った。
思ったよりもずっと優しい。それに親切な人だ。エルはてっきり何か言われるんだとばかり思っていたがそんなことはなかった。
いつも怒られてばかりで、ビクビクしていた。だが、彼はそんなところはちっとも見せない。
ネリウスと喋ってみたい。初めてそう思った。