無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
屋敷に帰ると、ネリウス達を見たメイド長のミラルカが悲鳴のような声をあげた。
「まぁまぁ旦那様! 一体どうなさったんですかっ」
晩餐会に出かけていた二人が突然ボロボロの少女を連れ帰ったので驚いたのだろう。
「話は後だ。空いてる部屋に寝かせてやれ」
「は、はい」
ネリウスとミラルカは二階に上がり、客間のベッドに少女を寝かせた。
少女の体は雨ですっかり冷え切っていた。どうやら熱があるようだった。
「大変……お医者様を呼ばなくては」
そう言ってミラルカは部屋から出て行った。ネリウスは横になった少女の顔を眺めた。
少女の肌は一体いつ陽に当たったのかというほど白く、お世辞にも健康的とは言い難い。抱き上げた体もずいぶん軽かった。今は額に眉を寄せてずいぶんと苦しそうにしている。
それから少しして、ミラルカが町医者を連れてきた。診察している間二人は部屋の外で待つことになった。
「ところで旦那様。あの少女はどういった経緯で……?」
「そんな怪しい目つきで俺を見るな。道の真ん中に倒れたから拾って来ただけだ」
「この雨の中をですか? 見た所随分汚い身なりですし、村の者みたいですけれど……一体どこの子かしら」
「とりあえず具合が良くなるまでここで看病してやれ」
「勿論でございます。それにしても、珍しいですね。旦那様が女の子に優しくなさるなんて」
ミラルカは感心したように言った。
ミラルカはネリウスが小さい頃から屋敷に勤めている屋敷唯一のメイドだ。小言が多いのがたまに傷だが、しっかり者で頼りになる姉のような存在だった。
「人に親切にしたら悪いのか」
「いいえ、大いに結構です。それにしてもあの少女────」
「侯爵様、終わりました。もう入っていただいて大丈夫です」
部屋の中から医者が顔を出して中へ招き入れた。それぞれが椅子に腰掛けると、医者は暗い表情で切り出した。
「この方の具合ですが……肺炎の一歩手前です。薬を処方しておきましたから飲ませてあげてください。それと、栄養失調です。それに……」
「まだあるのか」
「体にずいぶん痣がありました。恐らく……虐待の痕だと思われます」
「虐待?」とミラルカが眉を歪めた。
「青痣だらけでやけどの痕もあります。かなり酷い状態です」
「なんてひどい……」
「そのせいか声も出ないようです。しばらくは様子を見た方がいいと思います。精神的ショックの方が大きいでしょうから……」
「分かった」
医者にそこまで言われると、流石のネリウスもこの少女が気の毒になってきた。
親に虐待されたか、それともどこかの囲われものか、奴隷か。少女の身なりからすると悲惨な生活を送っていたのだろう。逃げている最中で力尽きて倒れてしまったのかもしれない。
「では、何か変わったことがありましたらまたお呼びください」
医者が部屋から出て行ったあと、ミラルカは少女の額にそっと手を置いた。薬を処方したお陰か、熱は下がり始めたようだ。
「それにしても酷いわ……」
少女の腕に巻かれた包帯を見てミラルカがポツリと漏らした。
どうも薄汚れていると思ったら痣だった。殴られたのだろうか。おまけに栄養失調とは、ロクに食べていなかったに違いない。軽かったのはそのせいだ。
「一体誰がこんな酷いことをするんでしょう。許せないわ」
「このご時世だからな……」
「可哀そうに声が出ないなんて……」
「ミラルカ、世話はお前に一任する。しばらく屋敷の奴らは近づけるな。外にも出すな」
「それではまるで閉じ込めているみたいじゃありませんか」
「今まで酷い目に遭ってきた人間が、簡単に人を信用できると思うか? 余計にショックを与えるだけだ。刺激は少ない方がいい」
ミラルカは納得したのか、僅かに頷いた。
介抱して早く元気になってくれれば、きっと心の傷も癒えるだろう。ネリウスはそう考えた。
「まぁまぁ旦那様! 一体どうなさったんですかっ」
晩餐会に出かけていた二人が突然ボロボロの少女を連れ帰ったので驚いたのだろう。
「話は後だ。空いてる部屋に寝かせてやれ」
「は、はい」
ネリウスとミラルカは二階に上がり、客間のベッドに少女を寝かせた。
少女の体は雨ですっかり冷え切っていた。どうやら熱があるようだった。
「大変……お医者様を呼ばなくては」
そう言ってミラルカは部屋から出て行った。ネリウスは横になった少女の顔を眺めた。
少女の肌は一体いつ陽に当たったのかというほど白く、お世辞にも健康的とは言い難い。抱き上げた体もずいぶん軽かった。今は額に眉を寄せてずいぶんと苦しそうにしている。
それから少しして、ミラルカが町医者を連れてきた。診察している間二人は部屋の外で待つことになった。
「ところで旦那様。あの少女はどういった経緯で……?」
「そんな怪しい目つきで俺を見るな。道の真ん中に倒れたから拾って来ただけだ」
「この雨の中をですか? 見た所随分汚い身なりですし、村の者みたいですけれど……一体どこの子かしら」
「とりあえず具合が良くなるまでここで看病してやれ」
「勿論でございます。それにしても、珍しいですね。旦那様が女の子に優しくなさるなんて」
ミラルカは感心したように言った。
ミラルカはネリウスが小さい頃から屋敷に勤めている屋敷唯一のメイドだ。小言が多いのがたまに傷だが、しっかり者で頼りになる姉のような存在だった。
「人に親切にしたら悪いのか」
「いいえ、大いに結構です。それにしてもあの少女────」
「侯爵様、終わりました。もう入っていただいて大丈夫です」
部屋の中から医者が顔を出して中へ招き入れた。それぞれが椅子に腰掛けると、医者は暗い表情で切り出した。
「この方の具合ですが……肺炎の一歩手前です。薬を処方しておきましたから飲ませてあげてください。それと、栄養失調です。それに……」
「まだあるのか」
「体にずいぶん痣がありました。恐らく……虐待の痕だと思われます」
「虐待?」とミラルカが眉を歪めた。
「青痣だらけでやけどの痕もあります。かなり酷い状態です」
「なんてひどい……」
「そのせいか声も出ないようです。しばらくは様子を見た方がいいと思います。精神的ショックの方が大きいでしょうから……」
「分かった」
医者にそこまで言われると、流石のネリウスもこの少女が気の毒になってきた。
親に虐待されたか、それともどこかの囲われものか、奴隷か。少女の身なりからすると悲惨な生活を送っていたのだろう。逃げている最中で力尽きて倒れてしまったのかもしれない。
「では、何か変わったことがありましたらまたお呼びください」
医者が部屋から出て行ったあと、ミラルカは少女の額にそっと手を置いた。薬を処方したお陰か、熱は下がり始めたようだ。
「それにしても酷いわ……」
少女の腕に巻かれた包帯を見てミラルカがポツリと漏らした。
どうも薄汚れていると思ったら痣だった。殴られたのだろうか。おまけに栄養失調とは、ロクに食べていなかったに違いない。軽かったのはそのせいだ。
「一体誰がこんな酷いことをするんでしょう。許せないわ」
「このご時世だからな……」
「可哀そうに声が出ないなんて……」
「ミラルカ、世話はお前に一任する。しばらく屋敷の奴らは近づけるな。外にも出すな」
「それではまるで閉じ込めているみたいじゃありませんか」
「今まで酷い目に遭ってきた人間が、簡単に人を信用できると思うか? 余計にショックを与えるだけだ。刺激は少ない方がいい」
ミラルカは納得したのか、僅かに頷いた。
介抱して早く元気になってくれれば、きっと心の傷も癒えるだろう。ネリウスはそう考えた。