無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
ホールの扉が開いた瞬間、ネリウスはそこに意識が集中した。
そこに立っていた少女は────いや、もう少女と呼ぶのは失礼かもしれない。
美しいウェーブがかった長い髪。宝石のような深い緑の瞳。白い肌。一年前よりも美しく、凛としたエルがいた。
ネリウスはその姿に思わず見惚れてしまいそうになった。
こんな女性を社交界なんかに連れて行ったら、きっと男が群がるのではないか。そんな想像をして辟易する。
エルはゆっくりとネリウスに近付いた。間近で見ると、鼓動は益々うるさくなった。目が逸らせなくなるほど、エルも自分を見つめていた。
ネリウスは相手からの拒絶を恐れて、そっと手を差し出した。
嫌ならこの手を取らなくてもいい。でももし触れることを許されるなら、選んで欲しかった。
エルは躊躇うことなくネリウスの手を取った。そのおかげでようやく緊張がとけた。
触れられなければダンスはできない。許可をもらったもののどこか信じられなかった。本当に、人に対する恐怖心は以前よりかなりなくなったらしい。
ネリウスはステップの仕方を口で説明しながら、ゆっくりと身体を動かした。
あらかじめ調べてきたのだろうか、ネリウスが動きを指示する前にその足を動かした。きっと本で勉強したのだろう。その姿を想像して、無意識に口角が上がりそうになる。
だが不意に、エルのつま先がネリウスの足に引っかかった。エルの体が前のめりに倒れた。
ネリウスは何も考えず咄嗟に手を出した。しかし、触れてしまった後で後悔した。
拒絶される。そう思った。
だかエルは怯えるでもなく、また自分の手を取った。
本当に怖がらなくなった。三年の間、エルはすっかり変わったのだ。きっと努力したのだろう。躊躇いもせず自分の手を取り寄り添った。
それを気にしていたから少しでも間隔を開けようと努力していたのに、エルの方から詰めてくるから戸惑った。
エルは一所懸命ネリウスの言葉を聞いて、それを習得しようとしていた。物覚えがいいのか、ステップを覚えるのも早かった。
だが体がついてこないようだ。一時間ほど練習すると疲れたようだったので、椅子に座って休憩を促した。
まともな会話をしたのは本当に久しぶりだった。いや、喋れないエルとのやりとりをまともな会話と呼べるのかはわからないが、意思の疎通は出来ているだろう。
エルは何か言いたそうに口をパクパクさせた。今日は紙もペンも持って来ていないらしい。どう伝えたらいいか分からないのだろう。
ネリウスはエルが言いたいことをなんとなく考えた。「教えてくれてありがとう」、だろうか。
「礼ならいい。俺はバラのお返しをしただけだ」
言いたいことは当たっていたのか、エルは嬉しそうに笑った。
久しぶりに楽しいと思える時間だった。仕事ばかりせずたまにはエル様とお喋りしてくださいというミラルカの意見もたまには聞くべきだろうか。
少し休憩した後、また練習を開始した。それからワルツのさわりだけ教えて、続きはまた明日にすることにした。
エルは何度も頭を下げ、お礼を言っているようだった。とても嬉しいと、顔にそう書いてある。エルにとってもこの時間は悪いものではなかったらしい。ネリウスはホッとした。
だがいつまでも一緒にいると名残惜しくなる。練習が終わると、早々にダンスホールから退散した。
部屋までエスコートするべきだったかもしれない。などと後から思いながら、離れた手を見つめ、先程の時間を思い返した。
少し前の記憶はまだ色褪せてはいなかった。エルの笑顔は鮮明に蘇った。
そこに立っていた少女は────いや、もう少女と呼ぶのは失礼かもしれない。
美しいウェーブがかった長い髪。宝石のような深い緑の瞳。白い肌。一年前よりも美しく、凛としたエルがいた。
ネリウスはその姿に思わず見惚れてしまいそうになった。
こんな女性を社交界なんかに連れて行ったら、きっと男が群がるのではないか。そんな想像をして辟易する。
エルはゆっくりとネリウスに近付いた。間近で見ると、鼓動は益々うるさくなった。目が逸らせなくなるほど、エルも自分を見つめていた。
ネリウスは相手からの拒絶を恐れて、そっと手を差し出した。
嫌ならこの手を取らなくてもいい。でももし触れることを許されるなら、選んで欲しかった。
エルは躊躇うことなくネリウスの手を取った。そのおかげでようやく緊張がとけた。
触れられなければダンスはできない。許可をもらったもののどこか信じられなかった。本当に、人に対する恐怖心は以前よりかなりなくなったらしい。
ネリウスはステップの仕方を口で説明しながら、ゆっくりと身体を動かした。
あらかじめ調べてきたのだろうか、ネリウスが動きを指示する前にその足を動かした。きっと本で勉強したのだろう。その姿を想像して、無意識に口角が上がりそうになる。
だが不意に、エルのつま先がネリウスの足に引っかかった。エルの体が前のめりに倒れた。
ネリウスは何も考えず咄嗟に手を出した。しかし、触れてしまった後で後悔した。
拒絶される。そう思った。
だかエルは怯えるでもなく、また自分の手を取った。
本当に怖がらなくなった。三年の間、エルはすっかり変わったのだ。きっと努力したのだろう。躊躇いもせず自分の手を取り寄り添った。
それを気にしていたから少しでも間隔を開けようと努力していたのに、エルの方から詰めてくるから戸惑った。
エルは一所懸命ネリウスの言葉を聞いて、それを習得しようとしていた。物覚えがいいのか、ステップを覚えるのも早かった。
だが体がついてこないようだ。一時間ほど練習すると疲れたようだったので、椅子に座って休憩を促した。
まともな会話をしたのは本当に久しぶりだった。いや、喋れないエルとのやりとりをまともな会話と呼べるのかはわからないが、意思の疎通は出来ているだろう。
エルは何か言いたそうに口をパクパクさせた。今日は紙もペンも持って来ていないらしい。どう伝えたらいいか分からないのだろう。
ネリウスはエルが言いたいことをなんとなく考えた。「教えてくれてありがとう」、だろうか。
「礼ならいい。俺はバラのお返しをしただけだ」
言いたいことは当たっていたのか、エルは嬉しそうに笑った。
久しぶりに楽しいと思える時間だった。仕事ばかりせずたまにはエル様とお喋りしてくださいというミラルカの意見もたまには聞くべきだろうか。
少し休憩した後、また練習を開始した。それからワルツのさわりだけ教えて、続きはまた明日にすることにした。
エルは何度も頭を下げ、お礼を言っているようだった。とても嬉しいと、顔にそう書いてある。エルにとってもこの時間は悪いものではなかったらしい。ネリウスはホッとした。
だがいつまでも一緒にいると名残惜しくなる。練習が終わると、早々にダンスホールから退散した。
部屋までエスコートするべきだったかもしれない。などと後から思いながら、離れた手を見つめ、先程の時間を思い返した。
少し前の記憶はまだ色褪せてはいなかった。エルの笑顔は鮮明に蘇った。