無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 そんなエルの様子に、ミラルカは気付いていた。それが社交界に連れて行ったことが原因ではないことも。

 だが、具体的にどうしてそうなったかまでは分からなかった。

 エルはパーティに行くことを楽しみにしていた。そのためにマナーやダンスのレッスンを頑張っていた。なのに帰ってきた途端これだ。

 ネリウスは無口だが人を傷つけるようなことは言わない。大事に思っているエルのことなら尚更だ。だから何が原因なのかまるで検討がつかなかった。

「旦那様、もうそろそろお手紙を書かれてはいかがですか?」

「……俺が書いても、返事も返さないだろう」

 いつかは心待ちにしていたネリウスからの短い手紙も、エルは喜ばなくなっていた。以前のエルなら飛び上がるほど喜んでいたのに、今のエルはまるで別人のようだ。

 ネリウスに会っても沈んだ表情で、笑顔を浮かべることを拒否している。

 だからか、以前は毎日のように訪れていたバラ園にも、久しく姿を見せていなかった。

「俺が原因なら謝る。だがあいつは聞いても諦めたみたいに笑うだけじゃないか」

 ────これ以上どうしろっていうんだ。

 ネリウスの虚しい呟きが部屋にこだました。

 ネリウスもエルが変化したことには気付いている。だが、だからと言って問い詰めるようなことはしない。むしろ尻込みして会うことを避けるようになった。

 なぜだろう。あんなに嬉しそうにしていた手紙も、バラ園も、本も。エルは全てを遠ざけて日がな一日中窓の外を見て過ごすだけだ。

 大切に思っていたもの全てを────。

 もしかして────。ミラルカはふと思った。エルが避けるものは全て、ネリウスに関わることだ。エルが意図的に避けているのなら、それは────。

「旦那様、もう一度……もう一度エル様を社交界に連れて行って差し上げてはいかがですか?」

「お前は話を聞いてなかったのか? あいつは俺を避けて────」

「だからです! エル様が旦那様を避けるのは……それは……それは……」

 だが、それ以上は言えなかった。

 これはエルの大切な気持ちだ。自分が勝手に代弁していいものではない。

 もし想像する通りなら、エルはとても苦しんでいる。そしてそれを救えるのはネリウスだけだ。

「どういうことだ。俺が原因なら……関わらない方があいつのためなんじゃないのか」

「……私からは何も言えません。ただ、そうした方が、エル様も元気を取り戻されるのではと思ったのです」

 しおらしく言うと、ネリウスは黙った。何か考えているようだった。

 
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