無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
後日、ミラルカを通じてエルにパーティの同伴を頼んだ。
エルは窓から視線をそらさず、ただ無表情に言われたことを聞いていたという。それは了承の返事だったが、ネリウスが望んだものではなかった。
パーティの日、ネリウスはあの時と同じようにエントランスに立ってエルを待った。緊張した表情で頬を赤らめていたエルは記憶に新しい。
しかし今日のエルは以前とは違った。ネリウスの目を一度も見ることなく、階段を降りて真っ直ぐ馬車へ向かった。
差し出そうとした手は行き場をなくし無様に宙を漂った。
あの時、エルの宝石のような瞳が自分を見つめながら階段を降りて来て、まるでそれが────。
ネリウスは思考を振り払って、ミラルカ達に目配せし、屋敷を出た。
馬車の中でもエルは終始窓の外を眺めていて、ネリウスには目もくれない。パーティなど興味ないと言われているようで、ネリウスは引き返してしまおうかと思った。
だが、パーティに連れていけば少しは変わるかもしれない。部屋の中に引きこもっているよりはいいはずだと自分を納得させた。
今日はとある男爵家のパーティに招かれていた。
会場には貴族、商人と広い職種の人間が訪れている。
屋敷には赤をメインカラーとした東洋のアンティーク家具、虎や龍の置物が壁一面に並べられていてたいそうな迫力だ。男爵のコレクションだろう。
ネリウスは挨拶のため男爵に声を掛けた。
その間もエルは表情なく形式的なお辞儀をするだけで、お人形のようだった。
ミラルカは何のためにエルをもう一度連れて行けなどと行ったのだろうか。何も変わらない。エルの目はどこも見ていない。自分を見ようともしない。
────こんなエルが見たいわけじゃない。
だがそれでもエルの美しさは他の男の目を惹くのか、度々声を掛けられた。
しかしエルはどんな男にも口角を上げて柔らかく微笑むが、それはいつもの彼女ではない。そんなエルを見ているのは辛かった。
何人かと話したあと、ネリウスはまた声を掛けられて心の中で溜息をついた。
もう、今日で何度目だろうか。社交界は元々こういう場だが、やはり自分は向いていない。今日はエルが楽しそうでないから、余計に気が滅入る。
声を掛けてきた男はグラスを片手にしていた。酔っているのかやけに上機嫌だ。男の高笑いが会場に響いた。
瞬間、腕を掴むエルの手が大きく跳ねた。
驚いてエルを見ると、見てわかるくらい青ざめている。ネリウスの腕を掴む小さな掌は縋るように震えていた。
先ほどまで虚ろだった目が大きく開いた。その目は目の前の男を見ていた。
そして突然、エルは気を失うように倒れた。
「エル!」
周囲に小さな悲鳴が響く。ネリウスは慌てて倒れたエルに近付いた。
気を失っているようだ。すっかり体の力が抜けている。周囲から心配する声が聞こえてきた。
これは只事ではない────。ネリウスはエルを抱え、一目散に馬車へと向かった。
馬車の前で待っていたヒュークはエルを抱えて走って来たネリウスに驚き、反射的に馬車の扉を開けた。
「どうしたのですか!? エル様は一体……っ」
「いいから早く馬車を出せ!」
二人が乗り込むとヒュークは慌てて鞭を叩いた。
急発進した馬車が大きく揺れて、ネリウスは横に寝かせたエルの体が揺れないよう支えた。
エルの顔はまるで、死人のように青白い。出てきた時は普通だったのにどうしてこんなことになったのだろう。
パーティーでエルが倒れた時のことを思い出した。あの時、エルは目の前の男を見てやけに驚いていた。自分の腕を強く握った。しばらく人形のようだった彼女に、怖れの感情が見えた。
あの男は知り合いだったのだろうか。エルに知り合いなどいないはずだ。屋敷に来てからは外出していない。屋敷の人間とルーシー、医者以外と会ったことはない。
なら、それ以前に会ったのか。
「まさか────」
エルは窓から視線をそらさず、ただ無表情に言われたことを聞いていたという。それは了承の返事だったが、ネリウスが望んだものではなかった。
パーティの日、ネリウスはあの時と同じようにエントランスに立ってエルを待った。緊張した表情で頬を赤らめていたエルは記憶に新しい。
しかし今日のエルは以前とは違った。ネリウスの目を一度も見ることなく、階段を降りて真っ直ぐ馬車へ向かった。
差し出そうとした手は行き場をなくし無様に宙を漂った。
あの時、エルの宝石のような瞳が自分を見つめながら階段を降りて来て、まるでそれが────。
ネリウスは思考を振り払って、ミラルカ達に目配せし、屋敷を出た。
馬車の中でもエルは終始窓の外を眺めていて、ネリウスには目もくれない。パーティなど興味ないと言われているようで、ネリウスは引き返してしまおうかと思った。
だが、パーティに連れていけば少しは変わるかもしれない。部屋の中に引きこもっているよりはいいはずだと自分を納得させた。
今日はとある男爵家のパーティに招かれていた。
会場には貴族、商人と広い職種の人間が訪れている。
屋敷には赤をメインカラーとした東洋のアンティーク家具、虎や龍の置物が壁一面に並べられていてたいそうな迫力だ。男爵のコレクションだろう。
ネリウスは挨拶のため男爵に声を掛けた。
その間もエルは表情なく形式的なお辞儀をするだけで、お人形のようだった。
ミラルカは何のためにエルをもう一度連れて行けなどと行ったのだろうか。何も変わらない。エルの目はどこも見ていない。自分を見ようともしない。
────こんなエルが見たいわけじゃない。
だがそれでもエルの美しさは他の男の目を惹くのか、度々声を掛けられた。
しかしエルはどんな男にも口角を上げて柔らかく微笑むが、それはいつもの彼女ではない。そんなエルを見ているのは辛かった。
何人かと話したあと、ネリウスはまた声を掛けられて心の中で溜息をついた。
もう、今日で何度目だろうか。社交界は元々こういう場だが、やはり自分は向いていない。今日はエルが楽しそうでないから、余計に気が滅入る。
声を掛けてきた男はグラスを片手にしていた。酔っているのかやけに上機嫌だ。男の高笑いが会場に響いた。
瞬間、腕を掴むエルの手が大きく跳ねた。
驚いてエルを見ると、見てわかるくらい青ざめている。ネリウスの腕を掴む小さな掌は縋るように震えていた。
先ほどまで虚ろだった目が大きく開いた。その目は目の前の男を見ていた。
そして突然、エルは気を失うように倒れた。
「エル!」
周囲に小さな悲鳴が響く。ネリウスは慌てて倒れたエルに近付いた。
気を失っているようだ。すっかり体の力が抜けている。周囲から心配する声が聞こえてきた。
これは只事ではない────。ネリウスはエルを抱え、一目散に馬車へと向かった。
馬車の前で待っていたヒュークはエルを抱えて走って来たネリウスに驚き、反射的に馬車の扉を開けた。
「どうしたのですか!? エル様は一体……っ」
「いいから早く馬車を出せ!」
二人が乗り込むとヒュークは慌てて鞭を叩いた。
急発進した馬車が大きく揺れて、ネリウスは横に寝かせたエルの体が揺れないよう支えた。
エルの顔はまるで、死人のように青白い。出てきた時は普通だったのにどうしてこんなことになったのだろう。
パーティーでエルが倒れた時のことを思い出した。あの時、エルは目の前の男を見てやけに驚いていた。自分の腕を強く握った。しばらく人形のようだった彼女に、怖れの感情が見えた。
あの男は知り合いだったのだろうか。エルに知り合いなどいないはずだ。屋敷に来てからは外出していない。屋敷の人間とルーシー、医者以外と会ったことはない。
なら、それ以前に会ったのか。
「まさか────」