無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
日記を読み進めていくと、エルの文字が少しずつ上達していくのがわかった。そしてそれとともにエルとネリウス────二人の関係が読み取れた。
「本がたくさん読めるようになって嬉しい。もっとたくさん勉強して、ネリウス様に手紙を書きたい」
「ネリウス様はなかなか返事を書いてくれない。忙しいから仕方ないよね。でも、ネリウス様が本当は優しい人だって知ってるから頑張れる」
「ネリウス様の部屋にこっそりバラを置いた。気に入ってくれるといいな」
「ネリウス様がお花のお礼に素敵な緑のバラをプレゼントしてくれた。本当に素敵な色で、私はとても気に入った。ファビオが毎日お世話をしてくれて、いつも綺麗に咲いている。ネリウス様はいつも私の喜ぶことをしてくれる。私はネリウス様に何ができるのかな」
「毎日バラを見に行くのが日課になった。お花ももう終わりかけだけど、この花を見るとネリウス様を思い出せる。ネリウス様に会いたいなぁ。また、会えないかな」
「ミラルカさんから伝言。ネリウス様が私を社交界に連れていってくれるって! どんなところか少し不安だけど、やっとネリウス様と会えるんだ。すごく楽しみ」
「ルーシーがドレスを作ってくれることになった。すごく可愛いデザインで気に入った。ネリウス様は、気に入ってくれるかな」
「今日、やっとネリウス様に会えた! やっぱり彼は思った通りの人で、すごく優しい。私はダンスが下手だけど、丁寧に教えてくれる。もっと上手になって、ネリウス様の横に立っても大丈夫なくらい綺麗になりたい。ネリウス様は私のことどう思ってるかな?」
「もうすぐレッスンも終わってしまう。早く覚えたけど、なんだか寂しい。社交界に行ったら、もうネリウス様と踊れないのかな。ネリウス様はきっと、たくさん踊ってくれる人がいるんだろうな。あんなに優しいんだもの。仕方ないよね」
「ネリウス様の目はとても綺麗な青色。私はその目が大好きで、ずっと見ていたくなる。ネリウス様はいつも、私に緑色のプレゼントをくれる。それは、私の目が緑色だからかな?」
「最近、ネリウス様のことばかり考える。ネリウス様は親切でとても優しくて、いつもお世話になってばかり。私はいつまでここにいられるんだろう。いつかはみんなと離れなきゃいけないのかな」
「ネリウス様、私はやっぱりお母様の代わりなの? それ以外の存在としては置いてもらえない? 仕方ないってわかってるけど、私自身を見て欲しいなって、そんなわがままなことを考えてしまう。代わりじゃなくて、私にいて欲しいって思ってくれる日はくるのかな」
「ネリウス様の目が、私を見てドキドキしてる。すごく綺麗な目で、私は緊張して目が逸らせなくなった。ネリウス様は私と踊っていて楽しい? 私、こんなに楽しいのは初めてなの。すごく幸せな時間だった。あと一回で、終わっちゃうのかな。寂しいな」
「今日はネリウス様と社交界に行った。たくさん人がいてみんな綺麗で、私はみっともなくて恥ずかしかった。でも、ネリウス様が私のこと初めて綺麗だって言ってくれた。すごく嬉しかった。ネリウス様はすごく格好良くてまるで王子様みたいだった。一緒にダンスできて幸せ。また彼の綺麗な目を見れた。ネリウス様が、私のこと好きになってくれたらいいのにな。でも、そんなの無理だよね。だって私は貴族でもなんでもないし、どこで生まれたかもわからない。彼には不釣り合いなんだ」
「ネリウス様の顔を見ると辛い。あんなに幸せだったのに……私、本当に馬鹿な子だよね。身の程知らずで勝手で、釣り合うわけないのに。ネリウス様のことばかり考えてる。彼が私のことなんて、好きになるわけないもんね。私はお母様の代わりなんだから、仕方ない」
「諦めなきゃ。私はお母様の代わりなんだから。彼とは不釣り合い。もう手紙もやめよう。私は彼の役に立てればそれでいい」
「またネリウス様とパーティーに行くことになった。嬉しいのに嬉しくない。ネリウス様は私を見てくれることなんてないのに。ダンスして、近くにいても、彼の気持ちは遠い。私は、彼には愛されない」
────まさか、そんな。
ミラルカは最後のページを眺めて、呆然とした。
自分はエルがネリウスのことを好きなのだと、そう思っていた。だけど……。自分がした失敗は、エルを社交界に行かせたことなんかではない。
『私思うんです。旦那様はきっとエル様のことを、亡くなった大奥様に重ねているんじゃないかって……だからエル様にお優しくなさるんだわ』
自分はあの時、エルにそう言った。なんの気なしに言った言葉だった。その時はそうかもしれないと思っていた。
だが、エルはそれを本気で受け止めて、ずっと自分を隠していたのだろうか。自分の言葉のせいで、本当の気持ちに蓋をしていたのだろうか。
あの時、あんな言葉を言ったから────。
ミラルカはその場に泣き崩れた。
一番そばにいながら、エルの気持ちを理解していなかったこと。エルに、辛い思いをさせていたこと。本当は両思いなのに、二人の邪魔をしてしまっていたこと。
全てが苦しかった。
本当はエルの方がずっとネリウスのことを理解していた。ぶっきらぼうな態度の中に優しさが隠れていたことも、喋らなくても相手を想っていることも、エルは全部分かっていたのだ。
そして、ネリウスもエルを理解していた。そして、もっと深い想いを抱いていた。恐らくエルと同じものを。
エルは母親の代わりなんかじゃないと分かっていた。
ネリウスの優しい目は、エルを愛していたからだと知っていた。ずっと、分かっていたから、応援していたつもりだったのに。
エルは自分を壊して記憶もなくした。絶望の淵に追い込んだ。
もしも、あの時彼女がネリウスと思いが通じていたなら、あんなにも心を砕くことはなかったかもしれない。
エルから一縷の望みすら奪ったのは────。
「……私だったんだわ」
「本がたくさん読めるようになって嬉しい。もっとたくさん勉強して、ネリウス様に手紙を書きたい」
「ネリウス様はなかなか返事を書いてくれない。忙しいから仕方ないよね。でも、ネリウス様が本当は優しい人だって知ってるから頑張れる」
「ネリウス様の部屋にこっそりバラを置いた。気に入ってくれるといいな」
「ネリウス様がお花のお礼に素敵な緑のバラをプレゼントしてくれた。本当に素敵な色で、私はとても気に入った。ファビオが毎日お世話をしてくれて、いつも綺麗に咲いている。ネリウス様はいつも私の喜ぶことをしてくれる。私はネリウス様に何ができるのかな」
「毎日バラを見に行くのが日課になった。お花ももう終わりかけだけど、この花を見るとネリウス様を思い出せる。ネリウス様に会いたいなぁ。また、会えないかな」
「ミラルカさんから伝言。ネリウス様が私を社交界に連れていってくれるって! どんなところか少し不安だけど、やっとネリウス様と会えるんだ。すごく楽しみ」
「ルーシーがドレスを作ってくれることになった。すごく可愛いデザインで気に入った。ネリウス様は、気に入ってくれるかな」
「今日、やっとネリウス様に会えた! やっぱり彼は思った通りの人で、すごく優しい。私はダンスが下手だけど、丁寧に教えてくれる。もっと上手になって、ネリウス様の横に立っても大丈夫なくらい綺麗になりたい。ネリウス様は私のことどう思ってるかな?」
「もうすぐレッスンも終わってしまう。早く覚えたけど、なんだか寂しい。社交界に行ったら、もうネリウス様と踊れないのかな。ネリウス様はきっと、たくさん踊ってくれる人がいるんだろうな。あんなに優しいんだもの。仕方ないよね」
「ネリウス様の目はとても綺麗な青色。私はその目が大好きで、ずっと見ていたくなる。ネリウス様はいつも、私に緑色のプレゼントをくれる。それは、私の目が緑色だからかな?」
「最近、ネリウス様のことばかり考える。ネリウス様は親切でとても優しくて、いつもお世話になってばかり。私はいつまでここにいられるんだろう。いつかはみんなと離れなきゃいけないのかな」
「ネリウス様、私はやっぱりお母様の代わりなの? それ以外の存在としては置いてもらえない? 仕方ないってわかってるけど、私自身を見て欲しいなって、そんなわがままなことを考えてしまう。代わりじゃなくて、私にいて欲しいって思ってくれる日はくるのかな」
「ネリウス様の目が、私を見てドキドキしてる。すごく綺麗な目で、私は緊張して目が逸らせなくなった。ネリウス様は私と踊っていて楽しい? 私、こんなに楽しいのは初めてなの。すごく幸せな時間だった。あと一回で、終わっちゃうのかな。寂しいな」
「今日はネリウス様と社交界に行った。たくさん人がいてみんな綺麗で、私はみっともなくて恥ずかしかった。でも、ネリウス様が私のこと初めて綺麗だって言ってくれた。すごく嬉しかった。ネリウス様はすごく格好良くてまるで王子様みたいだった。一緒にダンスできて幸せ。また彼の綺麗な目を見れた。ネリウス様が、私のこと好きになってくれたらいいのにな。でも、そんなの無理だよね。だって私は貴族でもなんでもないし、どこで生まれたかもわからない。彼には不釣り合いなんだ」
「ネリウス様の顔を見ると辛い。あんなに幸せだったのに……私、本当に馬鹿な子だよね。身の程知らずで勝手で、釣り合うわけないのに。ネリウス様のことばかり考えてる。彼が私のことなんて、好きになるわけないもんね。私はお母様の代わりなんだから、仕方ない」
「諦めなきゃ。私はお母様の代わりなんだから。彼とは不釣り合い。もう手紙もやめよう。私は彼の役に立てればそれでいい」
「またネリウス様とパーティーに行くことになった。嬉しいのに嬉しくない。ネリウス様は私を見てくれることなんてないのに。ダンスして、近くにいても、彼の気持ちは遠い。私は、彼には愛されない」
────まさか、そんな。
ミラルカは最後のページを眺めて、呆然とした。
自分はエルがネリウスのことを好きなのだと、そう思っていた。だけど……。自分がした失敗は、エルを社交界に行かせたことなんかではない。
『私思うんです。旦那様はきっとエル様のことを、亡くなった大奥様に重ねているんじゃないかって……だからエル様にお優しくなさるんだわ』
自分はあの時、エルにそう言った。なんの気なしに言った言葉だった。その時はそうかもしれないと思っていた。
だが、エルはそれを本気で受け止めて、ずっと自分を隠していたのだろうか。自分の言葉のせいで、本当の気持ちに蓋をしていたのだろうか。
あの時、あんな言葉を言ったから────。
ミラルカはその場に泣き崩れた。
一番そばにいながら、エルの気持ちを理解していなかったこと。エルに、辛い思いをさせていたこと。本当は両思いなのに、二人の邪魔をしてしまっていたこと。
全てが苦しかった。
本当はエルの方がずっとネリウスのことを理解していた。ぶっきらぼうな態度の中に優しさが隠れていたことも、喋らなくても相手を想っていることも、エルは全部分かっていたのだ。
そして、ネリウスもエルを理解していた。そして、もっと深い想いを抱いていた。恐らくエルと同じものを。
エルは母親の代わりなんかじゃないと分かっていた。
ネリウスの優しい目は、エルを愛していたからだと知っていた。ずっと、分かっていたから、応援していたつもりだったのに。
エルは自分を壊して記憶もなくした。絶望の淵に追い込んだ。
もしも、あの時彼女がネリウスと思いが通じていたなら、あんなにも心を砕くことはなかったかもしれない。
エルから一縷の望みすら奪ったのは────。
「……私だったんだわ」