無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 パーティーの準備でベッカー邸は慌ただしくなった。

 シェフ達は料理の献立を考えたり食材を準備したり、ミラルカやヒュークは招待客へ招待状の手配、当日のタイムテーブル決め。

 ファビオも久々に大人数が邸に来ると聞いてオープンガーデンにしようと張り切っている。ルーシーはネリウスとエルの衣装作りに大忙しだ。

 いつもならミラルカが紅茶を淹れて持ってくる時間だが、よほど忙しいのだろう。待っていたが来なかったので、久しぶりに図書室に行くことにした。

 ここへは随分と長い間訪れていなかった気がする。久しぶりに見ると新しい本がいくつか増えていた。

 どれもエル好みの本ばかりだ。きっと、見る本がなくなったエルのためにネリウスが買ったのだろう。

 そう考えるとなんだか嬉しくて、エルはその本をごっそりと持って机についた。

 屋敷はバタバタしているのに、ここだけは静かだ。

 本来なら自分も手伝うべきなのだろうが、ミラルカは頑なに断るしシェフ達も遠慮してキッチンに入れてくれない。

 自分だけゆっくりするのはなんだか申し訳ないと思いながら、どうすることもできなくて本を読み進めた。

 だけどすぐに、眠気が襲う。天気がいいからか、食事を食べたばかりだからなのか、落ちてくる瞼を止めることができなかった。



 それからどれぐらい経ったのか、ふと物音がした。エルは数度目を開けて顔を上げた。すると隣の席からネリウスがこちらを見ていた。

 ────ネリウス様!?

 エルは思わず驚いてガタガタと椅子を鳴らした。

「よく寝てたな。いい夢でも見てたのか?」

 まさか寝ていたところを見られていたとは。エルはなんだか急に恥ずかしくなってきた。

「もう一回寝てもいいぞ」

 流石にそれは無理だ。ネリウスのおかげで眠気はバッチリと覚めた。

「最近忙しくてなかなか話せないだろう。それで、明日は一日空けたから二人でどこか行かないか?」

 エルは彼からの初めての誘いに歓喜した。

 パーティ以外で二人で出かけたことはない。あったとしても庭で話したり、部屋でくつろいだり、屋敷の中で済ませていた。それも勿論楽しいが、エルはいつか外出してみたいと思っていた。それをネリウスと一緒になんて、絶対に楽しいに決まっている。

「お前が行きたいところがあるならそこに行く。どこかないか?」

 ネリウスに言われてしばし思案した。だが、なかなかいい場所が思いつかない。

 外のことは全く知らない。それこそ、本で得た知識だけだ。

 エルが答えかねていると、ネリウスは最初から答えを用意していたかのように言った。

「近くに花が綺麗に咲いてる場所があるんだが、そこに行くか? お前は花が好きなんだろう」

 行ってみたい。ネリウスの提案に、エルはすぐに頷いた。
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