無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
エルは沈んだ気持ちで部屋に戻った。
結局、最後までネリウスと踊ることは出来なかった。あれから引っ切りなしに他の男性にダンスに誘われ、ネリウスも似たような状況に陥っていた。
ネリウスとダンスを踊れなかったこと。ネリウスが他の女性とダンスしたこと。楽しみにしていたはずなのに嫌な記憶ばかりが残っている。
辛くて、二人を見られなかった。ヤキモチを妬く自分がみっともなくて、情けなかった。
早く着替えて寝てしまおう────そう思ったのに、目が冴えて眠れない。あの光景が頭の中をぐるぐる回っていて、眠りを妨げた。
どうしようもないので本を広げて読むことにした。だけどやっぱり結果は同じだ。中身が全く入ってこない。
────ネリウス様、私のことなんていらないって……そんなふうに思ったらどうしよう。
結局また同じことを考えてしまう。
自分は地位も名誉も、お金も何も持ってない。知識や教養は後付けされたもので、所詮付け焼き刃だ。
アレクシアのような生まれながらに貴族の令嬢として生きている人には逆立ちしたって勝てっこない。
いや、そうではない。本当は、アレクシアの方がネリウスに相応しいとかではなくて、ネリウスがアレクシアのことを好きになったら────。そう思うと不安になるのだ。
部屋に深いため息がこだました。本は開いたままでちっともページが進まない。
もう横になろう。そう思った時だった。
部屋の外から慌てたような足音が聞こえた。時刻は遅い。皆既に眠っている頃だ。
走るような早歩きしているようなその足音には聞き覚えがない。ミラルカはこんな歩き方はしない。誰だろうか。
ややあって、ドアが乱暴に開けられた。入ってきたのはネリウスだ。
ネリウスは驚いているエルの方に一直線に向かって来て、強引に抱き上げるとそのまま抱えて部屋から出た。
エルはいきなりネリウスが部屋に入って来たことにも驚いたが、状況がわからなかった。
どうして自分は抱えられているのか。一体どこへ向かっているのか。
下ろして欲しかったがそう訴えることもできず、ジタバタしても力が強くて動けない。見上げた彼の表情は怒っているような、切羽詰まっているようなそんな表情だった。
ネリウスはしばらく歩くと、見覚えのある部屋に入った。ちょうど、さっきパーティーが開かれていたダンスホールだ。
スタスタと真ん中まで歩いていき、そこでエルを床に下ろした。
尋ねようと思って見上げると、ネリウスの手のひらが顔に触れて強引に口付けされた。押し付けるようなキスに驚いて思わず腰が引けてしまうが、ネリウスは容赦なく追い立てる。
両手が耳を塞いで、キスの音が鼓膜に響く。唇が絡み合う音が鮮明に聴こえて、体がぞくぞくと震えた。
────ネリウス様、どうしていきなりこんなことをするの?
やっとその手が耳から離れたと思えば、今度は肩を掴んで引き寄せられ、押し潰されそうなほど抱きしめられた。
「悪かった……俺のこと嫌いにならないでくれ」
ネリウスはそう言って、顔を見ないように抱きしめ続けた。微かにその腕が震えている。
先程までは悲しい気持ちだったのに、ネリウスのそんな姿を見るとなんだかそれすらどうでもよく思えてきてしまった。
柔らかい金髪を優しく撫でて、エルはぎゅっと抱きしめ返した。
こんなに好きなのに、嫌いになんてなれるわけない。強引なキスすら愛されている証なら、自分はそれを決して拒むことは出来ない。
「エル……今から俺と踊ってくれないか」
エルはネリウスと自分の格好を交互に見た。もう就寝前でネグリジェに着替えていた。今更だが、こんな格好を見られていることが恥ずかしかった。
「格好なんてどうだっていい。俺はお前と踊りたいんだ」
ネリウスは手を差し出した。
ネリウスがここまでいっているのだ。断るのは失礼だ。それに、そんな気も起きない。エルはようやくネリウスの手を取った。
音楽も明かりも何もない、静寂に満ちたダンスホールに、二人の姿が浮かび上がる。
以前と同じでネリウスは優しい。指先から、視線からそれが感じられた。
けれど思う。自分達は好きあって恋人になったが、この関係はいつまで続くのだろう、と。
ネリウスは侯爵だ。貴族だ。けれど自分はそうではない。この関係にはいつか終わりがくる。
そう思うと、幸福なこの時間も素直に喜べなかった。今握っているこの手は、いつか誰かのものになる。このダンスホールでネリウスの隣に立つ役目は別の誰かになる。愛していても、いつかは離れなければならない。
エルは涙を堪えようと視線を落とした。面倒な女だと思われたくなかった。
ネリウスは足を止めると、エルの体をそっと抱きしめた。
「俺が綺麗だと思うのはお前だけだ。お前だけを愛してる……だから、そんな悲しそうな顔はしないでくれ」
なにもかもを許しているのはお前だけなんだ────。耳元でそう囁いた。
ネリウスの言葉を聞いて、エルはほんの少し安堵した。
ネリウスが求めてくれるのならまだここにいられる。願ってくれるのなら、この想いは罪にはならない。
だが、不安が完全に消えたわけではなかった。
結局、最後までネリウスと踊ることは出来なかった。あれから引っ切りなしに他の男性にダンスに誘われ、ネリウスも似たような状況に陥っていた。
ネリウスとダンスを踊れなかったこと。ネリウスが他の女性とダンスしたこと。楽しみにしていたはずなのに嫌な記憶ばかりが残っている。
辛くて、二人を見られなかった。ヤキモチを妬く自分がみっともなくて、情けなかった。
早く着替えて寝てしまおう────そう思ったのに、目が冴えて眠れない。あの光景が頭の中をぐるぐる回っていて、眠りを妨げた。
どうしようもないので本を広げて読むことにした。だけどやっぱり結果は同じだ。中身が全く入ってこない。
────ネリウス様、私のことなんていらないって……そんなふうに思ったらどうしよう。
結局また同じことを考えてしまう。
自分は地位も名誉も、お金も何も持ってない。知識や教養は後付けされたもので、所詮付け焼き刃だ。
アレクシアのような生まれながらに貴族の令嬢として生きている人には逆立ちしたって勝てっこない。
いや、そうではない。本当は、アレクシアの方がネリウスに相応しいとかではなくて、ネリウスがアレクシアのことを好きになったら────。そう思うと不安になるのだ。
部屋に深いため息がこだました。本は開いたままでちっともページが進まない。
もう横になろう。そう思った時だった。
部屋の外から慌てたような足音が聞こえた。時刻は遅い。皆既に眠っている頃だ。
走るような早歩きしているようなその足音には聞き覚えがない。ミラルカはこんな歩き方はしない。誰だろうか。
ややあって、ドアが乱暴に開けられた。入ってきたのはネリウスだ。
ネリウスは驚いているエルの方に一直線に向かって来て、強引に抱き上げるとそのまま抱えて部屋から出た。
エルはいきなりネリウスが部屋に入って来たことにも驚いたが、状況がわからなかった。
どうして自分は抱えられているのか。一体どこへ向かっているのか。
下ろして欲しかったがそう訴えることもできず、ジタバタしても力が強くて動けない。見上げた彼の表情は怒っているような、切羽詰まっているようなそんな表情だった。
ネリウスはしばらく歩くと、見覚えのある部屋に入った。ちょうど、さっきパーティーが開かれていたダンスホールだ。
スタスタと真ん中まで歩いていき、そこでエルを床に下ろした。
尋ねようと思って見上げると、ネリウスの手のひらが顔に触れて強引に口付けされた。押し付けるようなキスに驚いて思わず腰が引けてしまうが、ネリウスは容赦なく追い立てる。
両手が耳を塞いで、キスの音が鼓膜に響く。唇が絡み合う音が鮮明に聴こえて、体がぞくぞくと震えた。
────ネリウス様、どうしていきなりこんなことをするの?
やっとその手が耳から離れたと思えば、今度は肩を掴んで引き寄せられ、押し潰されそうなほど抱きしめられた。
「悪かった……俺のこと嫌いにならないでくれ」
ネリウスはそう言って、顔を見ないように抱きしめ続けた。微かにその腕が震えている。
先程までは悲しい気持ちだったのに、ネリウスのそんな姿を見るとなんだかそれすらどうでもよく思えてきてしまった。
柔らかい金髪を優しく撫でて、エルはぎゅっと抱きしめ返した。
こんなに好きなのに、嫌いになんてなれるわけない。強引なキスすら愛されている証なら、自分はそれを決して拒むことは出来ない。
「エル……今から俺と踊ってくれないか」
エルはネリウスと自分の格好を交互に見た。もう就寝前でネグリジェに着替えていた。今更だが、こんな格好を見られていることが恥ずかしかった。
「格好なんてどうだっていい。俺はお前と踊りたいんだ」
ネリウスは手を差し出した。
ネリウスがここまでいっているのだ。断るのは失礼だ。それに、そんな気も起きない。エルはようやくネリウスの手を取った。
音楽も明かりも何もない、静寂に満ちたダンスホールに、二人の姿が浮かび上がる。
以前と同じでネリウスは優しい。指先から、視線からそれが感じられた。
けれど思う。自分達は好きあって恋人になったが、この関係はいつまで続くのだろう、と。
ネリウスは侯爵だ。貴族だ。けれど自分はそうではない。この関係にはいつか終わりがくる。
そう思うと、幸福なこの時間も素直に喜べなかった。今握っているこの手は、いつか誰かのものになる。このダンスホールでネリウスの隣に立つ役目は別の誰かになる。愛していても、いつかは離れなければならない。
エルは涙を堪えようと視線を落とした。面倒な女だと思われたくなかった。
ネリウスは足を止めると、エルの体をそっと抱きしめた。
「俺が綺麗だと思うのはお前だけだ。お前だけを愛してる……だから、そんな悲しそうな顔はしないでくれ」
なにもかもを許しているのはお前だけなんだ────。耳元でそう囁いた。
ネリウスの言葉を聞いて、エルはほんの少し安堵した。
ネリウスが求めてくれるのならまだここにいられる。願ってくれるのなら、この想いは罪にはならない。
だが、不安が完全に消えたわけではなかった。