無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
翌週、屋敷に予期せぬ来訪者が現れた。
ネリウスはその訪問者を出迎えるため、応接室に来ていた。
アレクシアはソファに座り、ミラルカのもてなしを受けていた。しかしゆったりした仕草のアレクシアとは反対に、ネリウスは話を早く終わらせたかった。
「随分突然だな。連絡もしないで」
「大切な用事だったのよ。失礼だとは思ってるわ。ごめんなさい」
アレクシアの用事は分かっていた。だが、分かっていたからこそ口に出せなかった。
「アレクシア様、寒くはありませんか。ブランケットを持って参りましょうか」
沈黙を気まずく思ったのか、ミラルカが申し出た。アレクシアは「大丈夫よ」と言って笑顔で断った。
「それで────」
話を始めようとした時だった。談話室の扉が開いて、三人の視線がそこに集中した。エルは驚いたような表情でアレクシアの方を見ていた。
「エル……? どうしてここに────」
まさかエルがここに来ると思わなかった。珍しく馬車が停まっていて気になったのだろうか。だが、よりによってこんな時に────。
「こんにちはお嬢さん。少しお邪魔しているわ」
焦るネリウスとは違い、アレクシアはこんな時も悠然と構えている。余裕たっぷりに挨拶すると、エルも慌てて挨拶の仕草を見せた。
「エル様……今は少しお話中なのであちらに行きましょう」
ミラルカに促されて、今は部屋に入ってはいけなかったのだと気がついたようだ。頭を下げてエルは部屋を後にした。
────確実に誤解された。
ネリウスは苛立った。アレクシアと話すことはいい。だが、エルに余計な不安を感じさせたくない。この間のパーティで既に一度やらかしている。これ以上失敗したくなかった。
「……それで、何の用事だ?」
「この間のパーティーで言ったでしょう。あの話……父が進めて来いって」
「進めてたのは前侯爵だ。俺には関係ない」
「そうもいかないわ。うちの父ったら、『私はそのためにお前を嫁にもいかさずにこの年までとっておいたのだ』とか言い始めて……」
「お前なら引く手数多だろう。何も俺を選ばなくたって……」
「ベッカー家の領は自然が多くて気候も温暖。鉱山も豊富。我が国においてはかなりいい条件が揃ってる土地だわ。うちは公爵だけど今は名ばかり。残ってる財産は屋敷と飢饉で荒れた土地ぐらい。だからお父様も焦っているのだと思うわ」
「だから俺と結婚しろってか? お前はいつからそんなお人形みたいになったんだ」
「貴族なんて名ばかりのお人形じゃない。私も……あなたも。所詮家の謀に利用されるだけよ」
アレクシアはため息まじりに言葉を吐いた。
昔はおてんばで男勝りだったアレクシアだが、お堅い血筋に生まれた宿命だ。物心ついた頃には習い事や貴族の作法を叩き込まれて雁字搦めの生活を送っていた。
貴族の家に生まれた女性ならば誰もがそうだろう。ゆくゆくはどこか血筋の良い男を捕まえて、家の為に結婚し、子供を成して……。
ネリウスも同じように小さな頃からあれこれと言われて育ってきた。厳しい父親の元、子供であることも忘れるような日々を送った。
唯一母だけは優しく、そんなネリウスにたいして寛容だったが、父親はそうではなかった。
だからどうでもよかった。社交界には自分と似たよう人間が集まっている。自由のない縛られた人間ばかりだ。そこでの会話や触れ合い、挨拶、ダンス、お世辞。全てに無関心だった。
人形のように世襲に従い、自分を捧げるなんてまっぴらだ。檻の中でパートナーを見つけるつもりはなかった。これ以上誰かと深く関わるつもりもなかった。結婚なんて死んでもしないと思っていた。エルに会うまでは────。
ネリウスはその訪問者を出迎えるため、応接室に来ていた。
アレクシアはソファに座り、ミラルカのもてなしを受けていた。しかしゆったりした仕草のアレクシアとは反対に、ネリウスは話を早く終わらせたかった。
「随分突然だな。連絡もしないで」
「大切な用事だったのよ。失礼だとは思ってるわ。ごめんなさい」
アレクシアの用事は分かっていた。だが、分かっていたからこそ口に出せなかった。
「アレクシア様、寒くはありませんか。ブランケットを持って参りましょうか」
沈黙を気まずく思ったのか、ミラルカが申し出た。アレクシアは「大丈夫よ」と言って笑顔で断った。
「それで────」
話を始めようとした時だった。談話室の扉が開いて、三人の視線がそこに集中した。エルは驚いたような表情でアレクシアの方を見ていた。
「エル……? どうしてここに────」
まさかエルがここに来ると思わなかった。珍しく馬車が停まっていて気になったのだろうか。だが、よりによってこんな時に────。
「こんにちはお嬢さん。少しお邪魔しているわ」
焦るネリウスとは違い、アレクシアはこんな時も悠然と構えている。余裕たっぷりに挨拶すると、エルも慌てて挨拶の仕草を見せた。
「エル様……今は少しお話中なのであちらに行きましょう」
ミラルカに促されて、今は部屋に入ってはいけなかったのだと気がついたようだ。頭を下げてエルは部屋を後にした。
────確実に誤解された。
ネリウスは苛立った。アレクシアと話すことはいい。だが、エルに余計な不安を感じさせたくない。この間のパーティで既に一度やらかしている。これ以上失敗したくなかった。
「……それで、何の用事だ?」
「この間のパーティーで言ったでしょう。あの話……父が進めて来いって」
「進めてたのは前侯爵だ。俺には関係ない」
「そうもいかないわ。うちの父ったら、『私はそのためにお前を嫁にもいかさずにこの年までとっておいたのだ』とか言い始めて……」
「お前なら引く手数多だろう。何も俺を選ばなくたって……」
「ベッカー家の領は自然が多くて気候も温暖。鉱山も豊富。我が国においてはかなりいい条件が揃ってる土地だわ。うちは公爵だけど今は名ばかり。残ってる財産は屋敷と飢饉で荒れた土地ぐらい。だからお父様も焦っているのだと思うわ」
「だから俺と結婚しろってか? お前はいつからそんなお人形みたいになったんだ」
「貴族なんて名ばかりのお人形じゃない。私も……あなたも。所詮家の謀に利用されるだけよ」
アレクシアはため息まじりに言葉を吐いた。
昔はおてんばで男勝りだったアレクシアだが、お堅い血筋に生まれた宿命だ。物心ついた頃には習い事や貴族の作法を叩き込まれて雁字搦めの生活を送っていた。
貴族の家に生まれた女性ならば誰もがそうだろう。ゆくゆくはどこか血筋の良い男を捕まえて、家の為に結婚し、子供を成して……。
ネリウスも同じように小さな頃からあれこれと言われて育ってきた。厳しい父親の元、子供であることも忘れるような日々を送った。
唯一母だけは優しく、そんなネリウスにたいして寛容だったが、父親はそうではなかった。
だからどうでもよかった。社交界には自分と似たよう人間が集まっている。自由のない縛られた人間ばかりだ。そこでの会話や触れ合い、挨拶、ダンス、お世辞。全てに無関心だった。
人形のように世襲に従い、自分を捧げるなんてまっぴらだ。檻の中でパートナーを見つけるつもりはなかった。これ以上誰かと深く関わるつもりもなかった。結婚なんて死んでもしないと思っていた。エルに会うまでは────。