無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
アレクシアを見送って、再び談話室に戻った。
そこには鬼のような形相のミラルカが立っていた。言いたいことはミラルカの顔を見ればわかった、アレクシアのことだろう。
「私が何を言いたいかお分かりですね?」
「ああ」
「どういうことです? アレクシア様との縁談はなくなったのではなかったのですか?」
怒った表情でまくし立てるミラルカに、ネリウスは先ほどアレクシアと話したことを伝えた。
ネリウス自身もなくなったと思っていたものだった。両親が亡くなってフォーミュラー家との付き合いも少なくなり、契約書だって交わしていないから自然消滅したはずだった。まさかこんな時にその話が持ち上がるなんて。
「……どうなさるおつもりですか」
「断った」
「でも、旦那様のお仕事に支障が出ませんか?」
「そんなこと言ってもどうしようもないだろう。お前達を路頭に迷わせるようなことはない。安心しろ」
ネリウスはそう言ったものの、今後のことをどうしようか迷っていた。フォーミュラー家の権力は相当なものだ。落ち目だからといって侮れない。ベッカー家よりは格上の家柄であるし、普通ならば喜んで縁談を受けるのだろう。
だが自分ははいはいと従うような性格をしていない。フォーミュラー家と繋がればベッカー家の権力は盤石になるだろう。だが、失うものが多すぎる。
「……エルは?」
「何も仰りませんでしたが、少し……元気がないようでした。アレクシア様のことを尋ねられたので一応伝えました。気丈に振る舞っておいでですが、本当はきっとお辛いはずです」
「行ってくる」
「旦那様……」
「心配するな。俺は必ずエルを選ぶ」
ミラルカは安心したのか肩をなでおろした。
仮に誰から縁談が来ようとエルを捨てることは絶対にないだろう。ありえないことだ。
ネリウスはエルの部屋に向かった。
エルは話を聞いてどう思っただろうか。きっと今頃不安になっているに違いない。許嫁のことを言わなかったのはもう終わったことだと思ったからだ。隠すためではない。ここまで育ててきた信頼をこんなことで壊すなんて絶対に嫌だ。
扉をノックをして、ゆっくり開ける。
エルはいつものように窓側のテーブルに座り読書をしていたようだ。こちらを見て、笑顔を向けると立ち上がった。
「エル……さっきは悪かった」
ネリウスはエルに近付くと、真っ先に謝った。きっと気を悪くしたことだろう。あんなふうに追い出されれば誰だって気分が悪い。
エルは横に首を振った。相変わらず笑顔のまま、穏やかな表情は変わらない。だが、そこが不自然だった。
────じゃあなんでそんなに目を真っ赤にしているんだ? もしかして、ずっと泣いていたのか?
必死に笑顔を作って、心配かけまいと気丈に振る舞う様子がいじらしい。
ネリウスはエルを抱き寄せた。やはりエルを傷付けてしまったのだと思うと馬鹿な自分を呪いたくなった。
何も不安などない。エルを幸せにしたい。古い格式や世襲なんてどうだっていい。エルを守れるならなんだってするつもりだ。
「大丈夫だ。俺はずっとお前と一緒にいる。どこへも誰とも行かない」
心配そうに見上げるエルを安心させようと精一杯の気持ちを伝えた。
口下手な自分は一体どこへ行ったのだろう。不思議と、エルのことを考えているとあれこれ歯の浮くような台詞が出てくる。本気で人を愛したからだろうか。
エルを安心させたい。この話は早急に終わらせるべきだ。ネリウスは決心した。
そこには鬼のような形相のミラルカが立っていた。言いたいことはミラルカの顔を見ればわかった、アレクシアのことだろう。
「私が何を言いたいかお分かりですね?」
「ああ」
「どういうことです? アレクシア様との縁談はなくなったのではなかったのですか?」
怒った表情でまくし立てるミラルカに、ネリウスは先ほどアレクシアと話したことを伝えた。
ネリウス自身もなくなったと思っていたものだった。両親が亡くなってフォーミュラー家との付き合いも少なくなり、契約書だって交わしていないから自然消滅したはずだった。まさかこんな時にその話が持ち上がるなんて。
「……どうなさるおつもりですか」
「断った」
「でも、旦那様のお仕事に支障が出ませんか?」
「そんなこと言ってもどうしようもないだろう。お前達を路頭に迷わせるようなことはない。安心しろ」
ネリウスはそう言ったものの、今後のことをどうしようか迷っていた。フォーミュラー家の権力は相当なものだ。落ち目だからといって侮れない。ベッカー家よりは格上の家柄であるし、普通ならば喜んで縁談を受けるのだろう。
だが自分ははいはいと従うような性格をしていない。フォーミュラー家と繋がればベッカー家の権力は盤石になるだろう。だが、失うものが多すぎる。
「……エルは?」
「何も仰りませんでしたが、少し……元気がないようでした。アレクシア様のことを尋ねられたので一応伝えました。気丈に振る舞っておいでですが、本当はきっとお辛いはずです」
「行ってくる」
「旦那様……」
「心配するな。俺は必ずエルを選ぶ」
ミラルカは安心したのか肩をなでおろした。
仮に誰から縁談が来ようとエルを捨てることは絶対にないだろう。ありえないことだ。
ネリウスはエルの部屋に向かった。
エルは話を聞いてどう思っただろうか。きっと今頃不安になっているに違いない。許嫁のことを言わなかったのはもう終わったことだと思ったからだ。隠すためではない。ここまで育ててきた信頼をこんなことで壊すなんて絶対に嫌だ。
扉をノックをして、ゆっくり開ける。
エルはいつものように窓側のテーブルに座り読書をしていたようだ。こちらを見て、笑顔を向けると立ち上がった。
「エル……さっきは悪かった」
ネリウスはエルに近付くと、真っ先に謝った。きっと気を悪くしたことだろう。あんなふうに追い出されれば誰だって気分が悪い。
エルは横に首を振った。相変わらず笑顔のまま、穏やかな表情は変わらない。だが、そこが不自然だった。
────じゃあなんでそんなに目を真っ赤にしているんだ? もしかして、ずっと泣いていたのか?
必死に笑顔を作って、心配かけまいと気丈に振る舞う様子がいじらしい。
ネリウスはエルを抱き寄せた。やはりエルを傷付けてしまったのだと思うと馬鹿な自分を呪いたくなった。
何も不安などない。エルを幸せにしたい。古い格式や世襲なんてどうだっていい。エルを守れるならなんだってするつもりだ。
「大丈夫だ。俺はずっとお前と一緒にいる。どこへも誰とも行かない」
心配そうに見上げるエルを安心させようと精一杯の気持ちを伝えた。
口下手な自分は一体どこへ行ったのだろう。不思議と、エルのことを考えているとあれこれ歯の浮くような台詞が出てくる。本気で人を愛したからだろうか。
エルを安心させたい。この話は早急に終わらせるべきだ。ネリウスは決心した。