無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
縁談を断ると共に、予想していた事態が起こった。
今まで取引していた業者から仕事を辞退されたり、他領から一部の製品の輸入を止められた。酷いものだとベッカー家との付き合い自体を止めると言った家もあった。公爵を怒らせたのだから当然の流れだった。
ベッカー領は幸いなことに自然が豊富で食べ物には困っていない。ただ、よそからの輸入に頼っている品物の流通が止められると住民の生活にも支障がで始めた。
人の顔色なんて気にしながら仕事をしていたわけではないが、仕事に支障が出るのはネリウスも手を焼いた。
今までも仕事は忙しかったが、最近はより一層仕事に追われている。日をまたいで帰宅することも珍しくはなかった。
そんなネリウスをミラルカ達は心配し、気遣った。だが、大切なものを守るためにはやらなければならないことだった。
「旦那様、言っても無駄でしょうが少しお休みになられては?」
「無駄だとわかっているなら聞くな」
ミラルカがネリウスを労うのは珍しいことだ。だがそれもそうだろう。書斎にこもり朝から晩まで大量の書類に目を通しているネリウスを見れば、誰だって気の毒に思う。
ネリウスは書類から目を逸らさず、コーヒーカップをとって口をつけた。中身はすっかり冷めていた。早く仕事を終わらせなければならない。少しの時間すら惜しかった。
最近は帰りが遅く朝も早いので、ほとんどエルと一緒にいられない。一刻も早く会いたいがそれにはまず大量の仕事を片付けなくてはならない。
寂しい思いをさせているだろうと、ファビオに頼んで花束を送ったりはしていたが、もう何日も会話していなかった。
「そんなワーカーホリックな旦那様にエル様からお手紙ですよ」
ミラルカが差し出した封筒を見てネリウスはやっと書類から視線をあげた。取り上げるようにそれをミラルカの手から奪うと、封を開けて中を確かめる。
『身体を壊さないように。とても心配です。私はあなたに会えるのをずっと待っています。』
エルの文字を見て思わず表情が緩んだ。もし彼女が目の前にいたら抱きしめていただろう。
エルは気遣ってくれているのに、こんな手紙を見てしまったら益々やる気になってしまう。
ミラルカはそんなネリウスの様子を見て微笑んだ。
「エル様は本当に旦那様のことがお好きでいらっしゃいますね。帰りが遅いとわかっているのに……いつも、窓の外をご覧になって待っているのですよ」
「……っまさか寝ていないのか!?」
「ですから、眠るように私が促しに伺っています。放っておくと一日中窓辺にいそうなので」
ネリウスはすぐに便箋を取り出して返事を書いた。
『必ず会いに行くから、夜はちゃんと休め』
それだけ書いてミラルカに渡した。
「……今となっては、こんな短い文章でよかったのかもしれませんね。私は旦那様に女の扱いが下手くそだと申し上げたこともありましたが、エル様にはそんなことは関係なかった……」
「エルは短かろうが長かろうが俺の言いたいことをいつも理解してくれる」
「エル様がいて下さって本当によかったこと……私は旦那様を幼い頃からお世話してきましたが、こんな嬉しそうなお顔はなかなか見ることがありませんでした。でも、エル様のこととなるといつも、楽しそうでいらっしゃいます」
「……そうだな」
ミラルカの言葉を聞いて、ふっと笑みが溢れた。
エルがいてくれるから、毎日頑張れる。エルが待っていると思うから、ここに帰りたいと思える。エルが愛してくれているなら、なんだってできる。
その美しい緑の瞳はネリウスにとって優しい光だった。
今まで取引していた業者から仕事を辞退されたり、他領から一部の製品の輸入を止められた。酷いものだとベッカー家との付き合い自体を止めると言った家もあった。公爵を怒らせたのだから当然の流れだった。
ベッカー領は幸いなことに自然が豊富で食べ物には困っていない。ただ、よそからの輸入に頼っている品物の流通が止められると住民の生活にも支障がで始めた。
人の顔色なんて気にしながら仕事をしていたわけではないが、仕事に支障が出るのはネリウスも手を焼いた。
今までも仕事は忙しかったが、最近はより一層仕事に追われている。日をまたいで帰宅することも珍しくはなかった。
そんなネリウスをミラルカ達は心配し、気遣った。だが、大切なものを守るためにはやらなければならないことだった。
「旦那様、言っても無駄でしょうが少しお休みになられては?」
「無駄だとわかっているなら聞くな」
ミラルカがネリウスを労うのは珍しいことだ。だがそれもそうだろう。書斎にこもり朝から晩まで大量の書類に目を通しているネリウスを見れば、誰だって気の毒に思う。
ネリウスは書類から目を逸らさず、コーヒーカップをとって口をつけた。中身はすっかり冷めていた。早く仕事を終わらせなければならない。少しの時間すら惜しかった。
最近は帰りが遅く朝も早いので、ほとんどエルと一緒にいられない。一刻も早く会いたいがそれにはまず大量の仕事を片付けなくてはならない。
寂しい思いをさせているだろうと、ファビオに頼んで花束を送ったりはしていたが、もう何日も会話していなかった。
「そんなワーカーホリックな旦那様にエル様からお手紙ですよ」
ミラルカが差し出した封筒を見てネリウスはやっと書類から視線をあげた。取り上げるようにそれをミラルカの手から奪うと、封を開けて中を確かめる。
『身体を壊さないように。とても心配です。私はあなたに会えるのをずっと待っています。』
エルの文字を見て思わず表情が緩んだ。もし彼女が目の前にいたら抱きしめていただろう。
エルは気遣ってくれているのに、こんな手紙を見てしまったら益々やる気になってしまう。
ミラルカはそんなネリウスの様子を見て微笑んだ。
「エル様は本当に旦那様のことがお好きでいらっしゃいますね。帰りが遅いとわかっているのに……いつも、窓の外をご覧になって待っているのですよ」
「……っまさか寝ていないのか!?」
「ですから、眠るように私が促しに伺っています。放っておくと一日中窓辺にいそうなので」
ネリウスはすぐに便箋を取り出して返事を書いた。
『必ず会いに行くから、夜はちゃんと休め』
それだけ書いてミラルカに渡した。
「……今となっては、こんな短い文章でよかったのかもしれませんね。私は旦那様に女の扱いが下手くそだと申し上げたこともありましたが、エル様にはそんなことは関係なかった……」
「エルは短かろうが長かろうが俺の言いたいことをいつも理解してくれる」
「エル様がいて下さって本当によかったこと……私は旦那様を幼い頃からお世話してきましたが、こんな嬉しそうなお顔はなかなか見ることがありませんでした。でも、エル様のこととなるといつも、楽しそうでいらっしゃいます」
「……そうだな」
ミラルカの言葉を聞いて、ふっと笑みが溢れた。
エルがいてくれるから、毎日頑張れる。エルが待っていると思うから、ここに帰りたいと思える。エルが愛してくれているなら、なんだってできる。
その美しい緑の瞳はネリウスにとって優しい光だった。