無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 エルの肖像画は数週間掛けて完成した。

 両手を広げたくらいある大きな絵の中心に、座ってバラ園を眺めるエルが、エルの背景にはネリウスが指示した通り青々と繁る緑のバラが描かれていた。

 絵はネリウスの書斎に掛けられることになった。完成されたそれを見て、ネリウスは満足だった。

 描かれたエルは普段窓から見える姿と同じだ。庭園に注ぐ木漏れ日や柔らかい笑みは、現実のそれと変わらない。まるでエルがここにいてくれているようで、見ていて心が温かくなった。

「旦那様。ずっとその絵をご覧になっていますね」

 遅い昼食を持ってミラルカが部屋に入って来た。絵を眺めていたネリウスに笑みをこぼしながら、用意していた昼食をテーブルの上に置く。

「本当、素敵な絵に仕上がりましたね。エル様もご覧になった時は驚いてらっしゃいましたよ」

「エルは大丈夫なのか。何日も拘束したから疲れているだろう」

「いいえ、お元気そうでしたよ。旦那様に見られるのを恥ずかしがってらっしゃいましたが……」

 その様子を想像してつい笑ってしまった。

 エルとはあれからずっと会えていない。会いに行くと言いながら時間が取れず、少し空き時間ができても睡眠に充てていた。

 それくらい体は疲れていたが、気持ちはまだ保っていた。

 エルから時々手紙が届いていたし、窓から庭を覗けばエルが本を読んでいる姿が見えた。見ているだけで満足なわけではないが、今はそれだけでも心が満たされていた。

「お仕事はいかがですか?」

「ああ、なんとか落ち着きそうだ」

「公爵様のほうは……」

「陛下が仲裁代わりに役人をやってくれてな。公爵が隠れて国庫の予算を領地の負債に当てていたらしい」

「まぁ、それでは……」

「仮にも陛下の親族だから大事にはならないだろうが、多少はおとなしくなるだろう」

「そうでしたか……では、ベッカー家が潰れる心配はしなくてもいいということですね?」

「心配するなと言っただろう」

「ご主人様が相変わらずでなによりです」

「ミラルカ、明日宝石商を屋敷に呼べ」

「は……宝石商ですか? またなにか……」

 ピンときたのだろう。ミラルカはにんまり笑って拍手した。

「で、ご結婚式はいつですか!?」

「早とちりするな。まだ何も言ってない」

「え? じゃあプロポーズもまだなんですか?」

「お前はここ数日俺の何を見てたんだ。とにかく呼べ。指輪だけでいい」

「はい!! 世界中の指輪を集めさせますね!!」

 よほど興奮したのだろう、ネリウスのコーヒーを注ぐのも忘れてミラルカはそのまま部屋から出て行ってしまった。

 仕方なく、自分でコーヒーをカップに注ぐ。

 パーティーが終わったらプロポーズするつもりだったのに、色々と邪魔が入って結局何も言えていなかった。もう少ししたら仕事にも片がつく。そうしたら、エルに言いに行こう。

 受け取ってくれるだろうか。エルのことだから遠慮してしまうかもしれない。だが、何がなんでも受け取らせる。受け取ってくれなければ困るのだ。
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