無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 ────大丈夫。怖くない。

 エルは自分に言い聞かせた。ネリウスは何度も確認するように口付けた。

 やがて大きな腕がエルの身体を持ち上げると、すぐ近くのベッドに降ろした。

 そしてまた、怖がらせないようにゆっくりとキスを落としていく。次第に緊張感は消え、同時にもっと強くネリウスを求めた。

 優しいキスの中に時折激しく愛撫を混ぜ込んで、今まで触れられたことのない場所を犯していく。

 気がつくと指が震えていた。けれどあの時と違うのは、目の前にいる人が愛する人であるということだ。この震えは恐怖ではなく、その先に期待しているからだ。だから逃げようとは思わなかった。

 ネリウスはじっくりと緊張を解くように触れた。優しく、決して無理はせず、エルの動きを確かめながら愛撫した。

 気遣ってくれて嬉しい。けれど自分はもっと触れて欲しい。

 しつこいぐらい確認を何度も取るネリウスの言葉に自分は返事も返せない。声は出ないのに名前を呼びたい。

 自分にとって今まで、抱かれることは罰だった。幸せや快楽とは程遠いもので、苦しくて辛い。心を殺す行為だ。

 そこには何の感情もない。相手を無視した一方的な暴力に過ぎなかった。

 途中から反応することすら忘れるほど、反応することを拒否するほど悲しいものだった。

 こんなに優しく触れられて、労わるように愛撫されて、愛情を確かめるために身体を重ねることなど今までなかった。

 けれど今は違う。目を瞑っていても感じることができる。ネリウスが自分を愛していると。

 エルは彼の背中にそっと触れて身体を抱き寄せた。汗ばんだ体が密着して、熱を帯びる。骨張った首筋に何度も唇を落としてネリウスを誘った。

 物欲しそうに視線を送ると、堪りかねたようにエル待ち望んだキスを唇に落とした。

「っ……辛くないか?」

 ネリウスは何度もそう尋ねた。そう聞かれると、決まって胸の奥が苦しくなった。

 愛する人に触れられるのに傷付くことがあるだろうか。優しくされることの方が苦しかった。

「愛してる……」

 ネリウスはエルに身を沈めながら何度もその言葉を呟いた。

「愛してる……」

 潰されそうな快楽の中で顔を歪ませながら何度も、何度も何度も口付けて、愛を伝えた。

 今ほど喋りたいと思ったことはなかった。

 ────愛してる、ネリウス様。

 ────私も愛してるの。

 ────愛してる。

 ────愛してる。

 伝えたいだけど、声が出ない。その名前を呼んでみたいのに。
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