無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
エルがいなくなってから三年の月日が流れようとしていた。
フォーミュラー公爵との一件も落ち着き、ベッカー邸に再び平和が戻った。しかしその間、エルが見つかったという情報は一度も耳に入らなかった。
時間が経つにつれて目撃者は減り、報告も減っていった。もう、ベッカー家の使用人達はエルのことをほぼ諦めていた。
三年もの間見つからなかったのだ。ベッカー領の町という町を、村という村を探した。しかしエルの姿はカケラも見つからない。誰も口にしなかったが、エルは死んだのかもしれない────。皆がそう思っていた。
だが、ミラルカとネリウスだけは諦めなかった。時間を見つけては方々へ足を伸ばし、あちこちを探した。
ベッカー領は膨大な敷地だ。そこから簡単に出るとは思えなかった。
二人はエルらしき人がいたという情報を聞くたびそこへ向かった。何日も屋敷を離れることもしばしばだった。
当初に比べ、ネリウスは落ち着きを取り戻していた。相変わらず死んだような目つきだったが、エルを探すことを諦めてはいなかった。エルのことだけは覇気を取り戻して動こうとしていた。 エルを探すことが彼の生きる気力になっていた。
だからミラルカはそれ以上は何も言わずに彼について行った。
見つかるか、と言われたら半分は諦めていた。
ここ三年エルの目撃情報はない。とにかく手当たり次第に、彼女と年の近い、背格好の似た女性を探すしかなかった。あれほど美しい女性が簡単に見つからない訳がない。
だけど期待も虚しく、耳に入る噂は別のものばかり。会ってみても、エルとは似ても似つかない女性ばかりだ。
落胆するネリウスを励ますのにも正直疲れ果てていた。
屋敷を出て三日目。とある町に入った。
二人は二手に分かれ村人に話を聞くことにした。ミラルカは情報に詳しそうな人間がいそうな酒場へ向かった。
「ううーん、喋れねぇ美人の女ねぇ……」
訪れた酒場で、ミラルカは少し酔った客を相手に質問した。こういう場所の方が、噂も広がりやすいし、聞きやすい。女の噂なら男に聞くのが一番だと思った。
「それと、緑色の目をした方なんです」
「緑色の目? そんなの見たこともねぇなぁ。この辺りじゃ珍しいだろ」
「大体、この町にそんな美人がいりゃあとっくに口説いてたよ!」
男達の言葉にミラルカは落胆した。
エルの容姿ならばすぐに噂になるだろうが、この町にはそんな噂はないし、男達もなにも知らなさそうだ。この村もはずれだろうか。
「そうですか……ありがとうございます」
「その女は他にどんな特徴があんだい?」
男の一人が質問した。
「髪が長くて、肌が白くて……そうですね、見える特徴だとそれくらいかしら……」
「姉ちゃんの探してるやつじゃねぇかもしれねえが、盲目の女なら似たようなやつを知ってるぜ」
「盲目の……? いいえ、彼女は喋れなくて……」
「そうか、じゃあ違うかもなぁ。綺麗な声のお嬢ちゃんで、向こうの谷に住んでんだ。あれで目が見えりゃあ天使みてぇに綺麗なんだろうが……期待させて悪かったな」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
結局、期待していた情報は得られず宿に帰った。
ネリウスも部屋に帰っていて、疲れたのかベッドに横になっていた。
またダメでした、とも言えず無言で椅子に座る。ネリウスの結果も同じだったようだ。
「エル……」
ネリウスが小さく呟いた。
ネリウスはずっとエルを求めていた。
あれからいくつか縁談もきたが、ネリウスは全て断った。エル以外は受け付けないとばかりに、屋敷に緑のバラを植えさせた。
彼はそれを見ながら、いつも待っていた。彼女が帰ってきた時に喜んでくれるように。見つけることすらできない自分へのおまじないだったのかもしれない。
フォーミュラー公爵との一件も落ち着き、ベッカー邸に再び平和が戻った。しかしその間、エルが見つかったという情報は一度も耳に入らなかった。
時間が経つにつれて目撃者は減り、報告も減っていった。もう、ベッカー家の使用人達はエルのことをほぼ諦めていた。
三年もの間見つからなかったのだ。ベッカー領の町という町を、村という村を探した。しかしエルの姿はカケラも見つからない。誰も口にしなかったが、エルは死んだのかもしれない────。皆がそう思っていた。
だが、ミラルカとネリウスだけは諦めなかった。時間を見つけては方々へ足を伸ばし、あちこちを探した。
ベッカー領は膨大な敷地だ。そこから簡単に出るとは思えなかった。
二人はエルらしき人がいたという情報を聞くたびそこへ向かった。何日も屋敷を離れることもしばしばだった。
当初に比べ、ネリウスは落ち着きを取り戻していた。相変わらず死んだような目つきだったが、エルを探すことを諦めてはいなかった。エルのことだけは覇気を取り戻して動こうとしていた。 エルを探すことが彼の生きる気力になっていた。
だからミラルカはそれ以上は何も言わずに彼について行った。
見つかるか、と言われたら半分は諦めていた。
ここ三年エルの目撃情報はない。とにかく手当たり次第に、彼女と年の近い、背格好の似た女性を探すしかなかった。あれほど美しい女性が簡単に見つからない訳がない。
だけど期待も虚しく、耳に入る噂は別のものばかり。会ってみても、エルとは似ても似つかない女性ばかりだ。
落胆するネリウスを励ますのにも正直疲れ果てていた。
屋敷を出て三日目。とある町に入った。
二人は二手に分かれ村人に話を聞くことにした。ミラルカは情報に詳しそうな人間がいそうな酒場へ向かった。
「ううーん、喋れねぇ美人の女ねぇ……」
訪れた酒場で、ミラルカは少し酔った客を相手に質問した。こういう場所の方が、噂も広がりやすいし、聞きやすい。女の噂なら男に聞くのが一番だと思った。
「それと、緑色の目をした方なんです」
「緑色の目? そんなの見たこともねぇなぁ。この辺りじゃ珍しいだろ」
「大体、この町にそんな美人がいりゃあとっくに口説いてたよ!」
男達の言葉にミラルカは落胆した。
エルの容姿ならばすぐに噂になるだろうが、この町にはそんな噂はないし、男達もなにも知らなさそうだ。この村もはずれだろうか。
「そうですか……ありがとうございます」
「その女は他にどんな特徴があんだい?」
男の一人が質問した。
「髪が長くて、肌が白くて……そうですね、見える特徴だとそれくらいかしら……」
「姉ちゃんの探してるやつじゃねぇかもしれねえが、盲目の女なら似たようなやつを知ってるぜ」
「盲目の……? いいえ、彼女は喋れなくて……」
「そうか、じゃあ違うかもなぁ。綺麗な声のお嬢ちゃんで、向こうの谷に住んでんだ。あれで目が見えりゃあ天使みてぇに綺麗なんだろうが……期待させて悪かったな」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
結局、期待していた情報は得られず宿に帰った。
ネリウスも部屋に帰っていて、疲れたのかベッドに横になっていた。
またダメでした、とも言えず無言で椅子に座る。ネリウスの結果も同じだったようだ。
「エル……」
ネリウスが小さく呟いた。
ネリウスはずっとエルを求めていた。
あれからいくつか縁談もきたが、ネリウスは全て断った。エル以外は受け付けないとばかりに、屋敷に緑のバラを植えさせた。
彼はそれを見ながら、いつも待っていた。彼女が帰ってきた時に喜んでくれるように。見つけることすらできない自分へのおまじないだったのかもしれない。