無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
 次の日の朝、ネリウスとミラルカは宿を立った。

 山を越えた先に次の町がある。そこで聞き込みをするつもりだった。

「旦那様……お身体は大丈夫ですか?」

「お前が気にすることじゃない」

 生気のない表情でそう返事されて、ミラルカもそれきり聞かなかった。

 進んでいくと険しい山道に入って、辺りが鬱蒼とした森に包まれた。この辺りは交通が整備されていないらしい。ベッカー領でもかなり端の方だった。

 地図を確認すると、隣の領とのすぐ境目辺りだ。山を隔てて分かれているのだろう。

「旦那様、この辺りは領境です。山ばかりですからもっと町の方に行きませんか」

「この辺りは行ったことがない。確認する」

 どうやらネリウスは行くつもりらしい。

 視線の先には辛うじて道があったが、まるで獣道のようだ。どうやらここは普段人が通らない場所らしい。

 馬を降りれば行けそうだが、わざわざここを通る理由もない。

「旦那様、ここは危険そうです。別の道を行きましょう」

「いや……ここを通る」

 ネリウスはミラルカの助言も聞かず、馬を降りて山を登って行った。ミラルカも慌てて馬を降りて、手綱を引きながら後を追った。

 こんなところどう考えても人がいるわけがない。足元は草が生い茂っているし、岩がデコボコしていて人が歩くには不便すぎる。

 岩と岩の間を川が流れていて、時折こそに鹿や鳥が来ていた。どうやら動物たちの住処になっているらしい。

 ネリウスは知った道でもないのにどんどん先へ進んでいく。

 こんなところで迷ったらひとたまりもない。ミラルカは目印を覚えておこうとしたが、似たような場所ばかりで迷子になりそうだった。

 歩いていくとやがて道が拓けた場所に出た。ようやく青い空が見えて、ミラルカはホッとした。針葉樹と、青い野原が広がっている。

 緩やかな斜面を登っていった。少し進んだところに、小さな小屋が建っていた。

 こんなところに人でも住んでいるのだろうか。木こりが使っている山小屋かもしれない。

 疑問に思ったところで、先日酒場で男から聞いた話を思い出した。

『綺麗な声のお嬢ちゃんで、向こうの谷に住んでんだ。あれで目が見えりゃあ天使みてぇに綺麗なんだろうが……』

 そういえば、ここはその谷にあたる場所だ。もしかしたら、その人が住んでいるのかもしれない。

 ミラルカはネリウスについて山を登っていった。
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