無口な侯爵はエメラルドの瞳に恋をする
ネリウスは山を登りながらその場所にいそうにもない人物を探した。
どう考えても人なんか住んでなさそうな山道だが、そんな場所に頼るしかないほど切羽詰まっていた。
今まで屋敷に近い街や村は散々探した。直接出向き、エルに似た娘に会ってきた。
だがエルはどこにもいない。似たような人物を見た、という話はいくつも聞けたが、本人は見つからなかった。
ネリウスは何度も絶望した。エルではなかったと事実を知るたび、希望が一つづつ消えていくのを感じた。
そんな自分に屋敷の使用人達が呆れていることは知っている。皆が諦めていることも分かっていた。いい加減諦めてしまうべきなのかもしれない。エルのことは忘れるべきなのかもしれない。
だが、とてもじゃないがそんな気は起きなかった。
人は何度も愛せるかもしれない。それでも、エルだけを愛したかった。
山道の中に入り込むなり、ミラルカは地図を広げながらコンパスを持ち出した。
山の中に入ったせいで方向がわかりにくくなっていた。似たり寄ったりな道だから余計に迷いそうだ。
「旦那様、こちらの方角はヴィドー伯爵様の領地ですよ。引き返しますか?」
「いや……その近くまで行く」
今まで通らなかった道だ。しかしだからこそ、エルがいることを期待していた。
人が登るには険しすぎる道を進んでいく。ミラルカでさえ、ついてくるのがやっとな道だ。
それでもネリウスは確かめたくてその先を目指した。
そこからずっと歩いて、ようやく森を抜けられた。空が見えて、ここが山の頂上近くだと知る。
花や草が風になびく美しい場所だった。まるでいつかエルと訪れた草原のような────。
そのまま坂を登っていった。少し歩いてすぐ、山小屋が見えた。小さな小屋だ。人一人がやっと入れるくらいの小ささだ。
物置じゃないかと思うくらい、ベッカー邸と比べたら小さかった。恐らく炭焼き小屋かなにかだろう。
人が住んでいるかもしれないと小屋へ近づいていくと、小屋のそばに立つ人影が見えた。
やがて近付くとそれが女だと分かった。
────小鳥に餌をやっているのか?
目に包帯を巻いた長い髪の女は、ボロを纏っていたがどこか凛とした美しさが漂っていた。
ネリウスたちには気付いておらず、器から取り出した餌を寄ってくる小鳥に与えていた。
少しずつ近づくと足音で気づかれたのか、女が振り向いた。
「誰………?」
美しい声だ。まるで鈴のように透き通った声が草原に響く。女はネリウスがいる方を見て探っていた。
なんとなく、不思議な感覚に囚われた。初めてきた場所で、初めて出会った女に得体の知れない思いが湧いた。
ネリウスは一瞬考えた。
自分は「緑色の目をした緘黙の美しい女性を探せ」と、そうおふれを出した。
だが、緑色の目をした女は見つからなかった。それは、なぜなら────エルが隠していたからではないのか。エルが自分から逃れるために、ワザと目を隠していたとしたら。
そしてもし、もしだ。奇跡が起こって……彼女の声が戻ったのだとしたら。ここにいる女性はまさか────。
ネリウスはゆっくりと近づいて、前触れなく女の頬に触れた。突然何かが触れた感覚に驚いたのかビクッと女が驚く。
「だ……誰ですか?」
女は不安そうな声をあげる。
ネリウスは、ゆっくりと女の髪を撫でた。ああ、やっぱり────。疑念が確信に変わっていく。
「────あなたは」
確信を胸に、その目を隠していた包帯の結び目を解いた。
目を瞑ったその顔は、間違いなくエルだった。
やがて女が目を開けた。その瞳は、あの時のままの美しい緑色だった。
「エル………」
「ネリウス様……」
ネリウスを見つめるエルの目が見開いた。
三年ぶりだ。瞼の裏に思い出し続けた人がここにいる。
「どうして……」
「……俺は、お前を選びたい。だからずっと探してたんだ」
ネリウスの腕が三年ぶりにその身体を抱き締めた。懐かしい、夢にまで見た感触だ。
「ネリウス様……」
「愛してる。俺はずっとお前を愛してる……」
何度ももう一度と望んだ体を抱きしめ、その感触を確かめた。
愛し続けた緑色の瞳に涙が見えた。やがてエルは口を開き、その美しい声で紡いだ。
「ネリウス様……私も愛してる……」
-END-
どう考えても人なんか住んでなさそうな山道だが、そんな場所に頼るしかないほど切羽詰まっていた。
今まで屋敷に近い街や村は散々探した。直接出向き、エルに似た娘に会ってきた。
だがエルはどこにもいない。似たような人物を見た、という話はいくつも聞けたが、本人は見つからなかった。
ネリウスは何度も絶望した。エルではなかったと事実を知るたび、希望が一つづつ消えていくのを感じた。
そんな自分に屋敷の使用人達が呆れていることは知っている。皆が諦めていることも分かっていた。いい加減諦めてしまうべきなのかもしれない。エルのことは忘れるべきなのかもしれない。
だが、とてもじゃないがそんな気は起きなかった。
人は何度も愛せるかもしれない。それでも、エルだけを愛したかった。
山道の中に入り込むなり、ミラルカは地図を広げながらコンパスを持ち出した。
山の中に入ったせいで方向がわかりにくくなっていた。似たり寄ったりな道だから余計に迷いそうだ。
「旦那様、こちらの方角はヴィドー伯爵様の領地ですよ。引き返しますか?」
「いや……その近くまで行く」
今まで通らなかった道だ。しかしだからこそ、エルがいることを期待していた。
人が登るには険しすぎる道を進んでいく。ミラルカでさえ、ついてくるのがやっとな道だ。
それでもネリウスは確かめたくてその先を目指した。
そこからずっと歩いて、ようやく森を抜けられた。空が見えて、ここが山の頂上近くだと知る。
花や草が風になびく美しい場所だった。まるでいつかエルと訪れた草原のような────。
そのまま坂を登っていった。少し歩いてすぐ、山小屋が見えた。小さな小屋だ。人一人がやっと入れるくらいの小ささだ。
物置じゃないかと思うくらい、ベッカー邸と比べたら小さかった。恐らく炭焼き小屋かなにかだろう。
人が住んでいるかもしれないと小屋へ近づいていくと、小屋のそばに立つ人影が見えた。
やがて近付くとそれが女だと分かった。
────小鳥に餌をやっているのか?
目に包帯を巻いた長い髪の女は、ボロを纏っていたがどこか凛とした美しさが漂っていた。
ネリウスたちには気付いておらず、器から取り出した餌を寄ってくる小鳥に与えていた。
少しずつ近づくと足音で気づかれたのか、女が振り向いた。
「誰………?」
美しい声だ。まるで鈴のように透き通った声が草原に響く。女はネリウスがいる方を見て探っていた。
なんとなく、不思議な感覚に囚われた。初めてきた場所で、初めて出会った女に得体の知れない思いが湧いた。
ネリウスは一瞬考えた。
自分は「緑色の目をした緘黙の美しい女性を探せ」と、そうおふれを出した。
だが、緑色の目をした女は見つからなかった。それは、なぜなら────エルが隠していたからではないのか。エルが自分から逃れるために、ワザと目を隠していたとしたら。
そしてもし、もしだ。奇跡が起こって……彼女の声が戻ったのだとしたら。ここにいる女性はまさか────。
ネリウスはゆっくりと近づいて、前触れなく女の頬に触れた。突然何かが触れた感覚に驚いたのかビクッと女が驚く。
「だ……誰ですか?」
女は不安そうな声をあげる。
ネリウスは、ゆっくりと女の髪を撫でた。ああ、やっぱり────。疑念が確信に変わっていく。
「────あなたは」
確信を胸に、その目を隠していた包帯の結び目を解いた。
目を瞑ったその顔は、間違いなくエルだった。
やがて女が目を開けた。その瞳は、あの時のままの美しい緑色だった。
「エル………」
「ネリウス様……」
ネリウスを見つめるエルの目が見開いた。
三年ぶりだ。瞼の裏に思い出し続けた人がここにいる。
「どうして……」
「……俺は、お前を選びたい。だからずっと探してたんだ」
ネリウスの腕が三年ぶりにその身体を抱き締めた。懐かしい、夢にまで見た感触だ。
「ネリウス様……」
「愛してる。俺はずっとお前を愛してる……」
何度ももう一度と望んだ体を抱きしめ、その感触を確かめた。
愛し続けた緑色の瞳に涙が見えた。やがてエルは口を開き、その美しい声で紡いだ。
「ネリウス様……私も愛してる……」
-END-