わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
初夏
01. 橘部長にひっかかる
「すみません! 降ります! 降ります! 私も! 私もこの駅で降りまぁー……あああ!」
キンコンキンコンと合図が鳴り、あと少しの所だったのに、私の目の前で電車のドアが無情に閉まった。
ぎゅうぎゅう詰めの周りのおじさんたちが、恐らく私に向かってだけでなく、この状況の全てに「嗚呼」と哀れみのため息をついていた。
東京に来ること自体が初めてだったから、迷子になっても大丈夫なようにかなり早めにホテルを出た。
でも、車輛の中で地獄のような通勤ラッシュの人波に押されてしまった。
田舎者の私が「ああ、この駅だから降りなくちゃ」と扉に向かった時には既に遅く、乗り込む人に押し戻されてしまった。
「すみません!」と言いながらなんとかドア付近までたどり着いたが、結局降車予定の駅で降りられず、田舎育ちの私は「東京で働く事自体が無理なのでは」と早くも諦めかけていた。
私、清川桜は現在、就職活動の疲労のピークを迎えている。
経団連の定めた企業の採用選考解禁日はまだだが、暗黙の了解として、水面下で大手企業の採用面接はすでに始まっている。
今日の面談(採用面接ではなくあくまで面談)は、株式会社双葉の人事部長。
双葉は中堅の総合商社。
これまで三回の面談は大阪会場だったから、東京本社は初めて。
約半年前から、プレエントリーだのエントリーシートだのセミナーだのリクルーターとの面談だのをこなし、卒論の準備、ゼミでの発表、そして何より生きるためのアルバイトを続けてきた。
貧乏なのに大学まで行かせてくれた両親には感謝しかない。でも、さすがに「大企業に入ってバンバン稼いで親孝行する計画」は私には無理があったかもしれない。
文学部には荷が重かった。やりたいことがあったから選んだ学部学科だが就活では役に立ってはくれない。民間企業より公務員の方が合ってるのかもしれない……。
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