わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
あの螺鈿細工のネクタイピンは、伝統工芸士が作ったオリジナル商品で、京都にある店舗でしか手に入らない。それに気づいた時に真っ先に思ったのは、「おめー浮気相手と会うときに、妻からの贈り物を身に着けてんじゃねーよ」だった。
「バカじゃないの? しかも写真撮られて。何してんの?! もっと上手くやんなよ! 全国放送じゃん!!」
テレビに話しかけたって、勿論返事などない。女性コメンテーターが何か話していたが耳に入らなかった。男性アナウンサーが合いの手を入れている。
「お相手は上場企業の役員。写真でもわかる通りイケメンだそうですよ」
はい、追撃ありがとうございます。
宮燈さんの隣にいる山崎ミコは、つばが広めの帽子にサングラスをしていたが、とても美人なんだなとわかる。私が今使ってるファンデーションの広告塔がこの女優さんだったなと思い出して、とりあえず全部洗い落とした。乱暴に洗ったからあちこちびしょびしょに濡れてしまった洗面台に手をついて、これからどうしようかと考えた。
なぜ、そんな行動をとったのか、自分が自分でわからない。
どうしていいか、わからない。
たいていの事は考えれば答えが出た。どんな時も。でも今は全くわからない。
宮燈さんに確かめればいいの?
何と聞けばいい?
いまなんかテレビに出てましたけど、あれってあなたですかと質問するの?
メッセージで? 電話で? それとも東京まで行く?
何も頭に浮かばない。
混乱しながらも、私は大学に電話をかけた。不夜城と呼ばれるうちのゼミには、たいてい徹夜明けの誰かがいる。案の定、博士課程の先輩がいたので「死んだおじいちゃんが危篤なんです」と言ってゼミを欠席すると伝えた。先輩が何か言ってたがすぐに電話を切った。