わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
「どうしました? 長崎駅に着きました?」
『……そうだ。君はいま南山手に?』
「そうですよー! 長崎港が見えてとっても綺麗です!」
また宮燈さんが沈黙した。戸惑っているんだろう。
『……桜は怒ってないのか?』
「はいー??? どの口が言ってますか? やっぱり殴るのはグーの方が良かったですかねえ? ……怒ってるに決まってるじゃないですか!」
耳元からベキッと嫌な音がしたので、手に込めていた力を緩めた。もうスマホケースはない。さすがに本体を壊すのはやめておきたい。
私の姿は見えないだろうけど、何かしら感じ取ったのだろう。宮燈さんが『すまない……』と謝っていたので、「悪いと思ってるなら、もう少し説明をお願いします」と伝えた。
『秘密保持契約があり、話せることが限られている。私が話すと契約違反になる』
唐突すぎてワケがわからない。わからないから、私は率直な感想を述べた。
「意味わかりません。もう離婚しましょう、そうしましょう。何かわからないけど、私に言えないことをしでかしたんですか?」
『……言ったら君に嫌われる』
子供みたいな声で、子供みたいな事を言うから驚いてしまった。
「話し合えない時点でもう嫌いになりそうなんですけど、わかってます?」
『……確かにそうだな』
だめだこりゃ。顔も見えないから表情が読めないし、とりあえず長くなりそうだったので私は言った。
「もしよろしければ、直接お話しませんか? 私がいる場所はわかってるんでしょう?」
私がそう言うと、宮燈さんは『すぐに行く』と言って電話を切った。そして、私が席に戻って「ザラメが美味しいなぁ~」と思いながらカステラを食べていたら、宮燈さんがお店にやって来た。
急いで来たのかな。髪が少し乱れてて色っぽかった。移築復元され、現在は喫茶室になっているこの旧自由亭は、元々は洋食レストランで、とてもレトロで素敵な建物。絨毯の敷かれた階段を昇って、いま入口に立っている私の夫は、きっと百年前でもモテモテだっただろうな。
宮燈さんは今日も綺麗だ。