わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 ベッドに横たわっていた私は、体を起こして橘部長にキスをした。軽く口づけて顔を離すと、無表情のまま橘部長が言った。

「何をしている?」
「もう一度しようかと」

 私が笑って答えると、橘部長は私の腕を引いて体勢を逆にした。ベッドに押し倒されて深くキスされた。

 さっきの、唇に触れるだけのキスとは違う。
 唇全部押し付けてくるから、食べられてる? とびっくりしている間に舌が侵入してきた。
 どうしていいかわからずに、なされるがままになっていた。他人の舌がまとわりついてくるのに、嫌じゃなかった。絶妙な絡め方だからなのか、相手が橘部長だからなのか、何だかいい香りがしたからなのか、経験不足の私には分からない。
 触れられているのは唇なのに、体全部蕩けるみたいに気持ちいい。

「……ぁ……ぶちょ……? 何で? ……あっ!」

 受動的だったさっきまでとは全然違う。

「可愛い……」

 いま、何て言った?
 橘部長は無表情のまま、私を見下ろしていた。

「何か、橘部長さっきと違いません……?」

 私が笑うと、少しだけ目を細めて橘部長が言った。

「さっきは、処女である君がどう行動するのか興味があった」

「ええ? そんな理由? 酷くないですか? めちゃくちゃ戸惑いましたけど。私は初めてだったんだから、経験者の方がリードしてくださいよ!」

 私がそう言うと、橘部長の表情が一瞬変わった。面白がっている気がした。酷い。もう一度抗議しようとしたら、包むように抱き締められた。どうしてかわからないけど、橘部長とくっついてるとドキドキして思考が鈍くなる。

「橘部長、大好きです」

 私が思わずそう言ったら息苦しいほどに激しく求められて、私は悲鳴に近い嬌声をあげていた。

「痛いか?」
「……いたく、ないけど……熱くて……何も、っん……考え、られなくて……!」
「癖なのだろうが、君はいちいち考え過ぎる。今は何も考えるな」

 思考出来ない。何で気持ちいいかとかどうでもいい。
 あ、どうでもよくない! 避妊してない! 今度は言わないと!

「んっ……橘部長、避妊……」

 はぁっと大きく息を吐いて、橘部長が無表情のまま私を見下ろす。

 私は慢性的に栄養が足りてないせいか、常に生理不順だったので、就職活動が本格的に始まって忙しくなってきた二ヶ月程前から、体調管理のために低用量ピルを服用している。だから多分、妊娠しない。

 まさかとは思うけど……橘部長はそれも知っている……?
 どんなコネがあるのか知らないが、大学の内部資料も手に入れてるんだから、私の通院履歴くらい手に入れるのは容易いんじゃないかな。

「私がピル飲んでるって知ってますか……?」
「だが、避妊具はつけた方がいい」
「何でさっきしなかったんですか!」

 分かってるならしてくれよ、と思ってそう言うと、橘部長の視線が少し鋭くなった気がした。橘部長は無表情で「我を忘れていた」と言って、体を離した。

「……照れてます?」
「そう見えるか?」
「はい、結構見えます」
「なら、そうなのだろう。すまなかった」

 そう言い捨てて、橘部長は寝室から出ていった。
 一体どこに置いてんだ。持ち歩いてんの?

 それにしても、あれは知ってる態度だ。
 どうしよう。
 もしかしたら、私はとんでもない人に捕まったんじゃないかって気がしていた。
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