わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
橘部長が笑ったように見えたのはあの月曜日の一瞬だけで、相変わらず淡々としている。だが、三月に小娘が東京に引越してきて同居が始まってから、橘部長はあからさまに早く帰るようになった。以前は意見しなかったスケジュールに口を出すようになった。全部、あの小娘のせいだ。俺の橘部長を返せ。
なお、橘部長は三月二十五日付けで営業本部長になった。一番大きな部署である営業部を統括することになる。本部長は役員が兼任するのが通例。すでに取締役常務だから昇進という言い方もおかしいが、この人事であの人の権限はより大きくなった。
これまでは橘部長が常務であることが気に入らない一部の役員に気を遣って、あえて呼称を「部長」にしていたが、これからは慣例通り「常務」と呼ばれることになる。また古参のジジイどもがうるさいだろう。
そして結婚していることも明日の入社式以降は隠さないから、あれこれ詮索されたり揶揄されたりするのも予想がつく。気が重い。
しかし、俺はあの小娘をどう呼べばいいのか。
橘さん? 桜さん? 奥様とか死んでも呼びたくないぞ、俺は。
内定者という曖昧な立場でなくなるとはいえ、社の役員であり、しかも何故かやたらと女性に人気の橘常務と結婚していることが周囲にバレたら、彼女自身も色々言われるのは避けられないだろう。もしかしたら嫉妬ややっかみで、意図的に彼女を傷つける者が出てくるかもしれない。まあ、自業自得だ。
しかし、あの小娘が側にいると、橘常務が最大のパフォーマンスで仕事をしてくれるのもまた事実だった。だから俺は、俺の為にも社の為にも、あの小娘を守らなくてはならない。本当に忌々しい!
【冬】終
次はエピローグ【春】です