わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

 役員じゃない私は迎えの車には乗れないから、私と宮燈さんは別々に出勤して、入社式の会場へ向かった。配られた名札には「橘 桜」と書いてあって、やっぱり新しい私の名前って、すげぇ字面がクドいなーと思った。


「おはよう桜ちゃん……あれ?」

 その声に顔をあげると、そこには同期の三原早紀ちゃんが立っていた。私の名札を見て何だか気まずそうにしている。

「言いたくなかったらごめんね、先週と名字違うけど、桜ちゃんち何かあった?」

 なぜか恐る恐る聞いてくるから、そこでやっと早紀ちゃんが誤解してることに気が付いた。

「ああ! 親の離婚とかじゃないよ、結婚したから」

 私がそう言うと「え? 桜ちゃん結婚したの? てか彼氏いたんだ! おめでとう!」と笑ってくれた。そっかーそうだよねと思い、余計な心配をかけてしまったことを謝っていると、背後から物凄く低い声が聞こえてきた。

「ねえ、橘って、橘……常務は関係ないわよ……ね?」

 振り返ると、あの吉岡愛莉が立っていた。美人が睨むと般若のようだ……と思いながら見ていると、彼女がつかつかと歩いて来る。ひええと思っていたら、私が手に持っていた名札をもぎ取って凝視していた。いくら見たって何も分かんないだろうに、と思っていたら、吉岡が顔を上げる。

「朝から噂を聞いたんだけど……本当なの?」
「聞いた? 噂って何?」

 彼女が言うには、総務部の社員さん発で、今年の新入社員に橘常務の妻がいるということがすでに一部に広まっているそう。名前が「桜」だということも。
 社会保険を切り替えたし、これまでと違って隠さずに手続きをすすめてるから、人事部や総務課福利係の方以外にも分かってしまったんだろうなと思った。私が黙っていると、吉岡がぷるぷる震えていた。

「嘘でしょ? なんで、あなたみたいな生意気な女と? 女優との方がまだマシだったわ」
「生意気なのは吉岡さんも一緒じゃん。どうして他人に向かって上から目線なの?」
「別に上からじゃないわ。あなた、縁故採用? それで人を馬鹿にしたの?」

「や、やめようよ、二人とも。林さーん!」

 周囲から好奇の視線も感じるし、早紀ちゃんが林さんを呼んでたから、もう逃げ出そうかなと思っていたら、口を開きかけた吉岡の動きが固まった。

「彼女は公平な選考で採用された。縁故じゃない。それは資料を見ればわかる」

 そう言って私の視界に入ってきたのは杉岡さんで、吉岡と私の間に割り込んで立っているから(え、おっさん、カッコイイ!)と思っていた。
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