わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

「橘部長、発車しちゃいますよ?」
「わかっている」

 発車のベルが鳴る。てっきり降りると思ってるから、そのまま橘部長を見ていたけど、微動だにしない。
 ホームに残された杉岡さんが「何をしてるんですか?! 部長?」と慌てているのが見える。だが、ホームドアが閉まり、当然のように新幹線のドアも閉まる。

 橘部長は、私と一緒に新幹線のデッキに突っ立っている。私の頭の中は、疑問符でいっぱいになった。

「何考えてるんですかー! ドア閉まっちゃいましたよ?!」
「ひと月も離れないといけないのか?」

 視界いっぱい橘部長だーと思っていたらキスされていた。

「んっ?! んん!」

 びっくりして逃げようとした私を、橘部長は離さなかった。
 肩をがっちり抱かれて、片方の手は後頭部を掴むように支えて絶対に逃げられないようにして、口付けてくる。

「んっ……!」

 昨夜何度も覚えさせられた、舌が入ってくるあの感覚。すくいとるように全部舐められて困惑していたら、優しく舌を絡めとられる。どうしてかわからないけど、気持ちいい。息継ぎして、私からも舌を絡めた。

 もう逃げないと判断したのか、肩を抱いていた右手が背中を撫でてくる。
 ゾクゾクした。腰がびりびり痺れそう。足に力が入らなくなって、橘部長にもたれるように寄り添った。
 体をぴったりくっつけてキスしてる。
 ……まるで恋人同士みたいだと思った。

 スーツの生地の匂い、整髪料の匂い、橘部長の肌の匂い。私の髪の匂い、少しだけつけてる私の練り香水の匂い。混ざりあって頭がくらくらする。
 六分後、品川に着くまで、私達はひたすらキスをしていた。


 品川駅に着いたらすぐに橘部長をホームに降ろして、東京方面を指差して私は叫んだ。

「何て困った人なんですか! 大人ですよね?! 会社に! 戻ってください!」

 ちっこい子供みたいな女が長身の男性を見上げて怒鳴っているのは異様だろう。すぐ側にいた駅員さんがしばらくこっちを見ていたのが恥ずかしかった。

「そうだな」

 そう頷いた橘部長は、無表情のまま品川駅のホームから私を見送っていた。


 新幹線が品川駅を出て、風景が東京から神奈川に変わる頃、私は脱力してデッキにへたりこんだ。

 キスされた。橘部長からキスされた。
 しかも滅茶苦茶に濃厚なキスされた。

「で、私の事は好きなの?! 何なの?!」

 その叫びに答えてくれる人は誰もいなかった。
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