わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

07. 橘部長と電話する

 京都の自宅に着いて、黒いリクルートスーツを脱ぎ散らかしながら、私はベッドに飛び込んだ。十分くらい動けないまま布団にうつぶせていた。疲れた。
 内々定を貰った。そして何故か婚約した。
 ああ、親に連絡しなくちゃなと思った。どう説明しよう。

 橘部長は細かった。無駄な肉がなくて、体まで芸術品かよと思った。でも意外と手はごつごつしてて、まだ感触を覚えている。私を抱き締めてくれた腕は温かくて気持ちよかった。

 思い出すと急に恥ずかしくなってきたので、起き上がって着替える。シャツを脱いで素肌が空気に触れると、果たしてアレは現実だったんだろうか? と疑問を持った。
 破瓜の痛みは続いていて、今も何だか少しズキズキしている。……やっぱり現実だったみたい。
 もっと痛くて辛いものかと思っていたけど、そうでもない。処女膜の形状には個人差があるらしいので、私は楽な方だったのかな。でなければそもそも上手くいかなかったに違いない。「処女がどう行動するか」を観察していたなんて、橘部長も大概趣味が悪い……。


 翌日、私は大学へ行き、キャリアサポートに内々定の報告をした。四ヶ月後の内定式までは特にすることもない。卒業までに一度でいいからインドに行きたいと思い、八月の夏季休暇中は、アルバイトをもっと増やそうかなと考えながらキャンパスを歩いていた。

 兎にも角にも私は、「シューカツが終わった!」という解放感に浸っていた。
 アルバイトも休みだし、今日はちょっとだけ贅沢して美味しいものを食べよう。浮かれながら歩いていたら、バッグの中のスマホが振動した。

 バイトの先輩である塩見さんあたりが、また「バイト代わってくれへん?」とか電話してきたのかな、と思いつつ端末を探した。
 塩見さんは自称パチプロのフリーターで、パチンコでフィーバーすると「手離せへんさかい、バイト代わって」と電話してくる駄目な大人だ。ただ、交代してあげると後日必ずお小遣いをくれるし、雨の日は大学まで車で迎えに来てくれるいい人。物くるる人はいい人だと徒然草にも書いてある。

 普段から、二つ返事で代役を引き受けていたから、私は他のアルバイト仲間にも重宝されていた。貧乏なのも知ってるから、何かしらお礼に食べ物やお菓子をくれるので、たいていの場合よろこんでバイトを代わっていた。
 塩見さんだと思って端末を取り出したが、端末に表示されていたのは橘部長の名前だった。
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