わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

08. 橘部長に甘えることにした

 金曜日はゼミがあるから、午前中から大学へ行って準備をして、お昼は研究室のみんなで学食へ行くのが定例。
 私は懐具合によっては参加せず、家で作ってきたおにぎりを研究室で食べる事も多かった。今日は、珍しく私が「生協いっきまーす!」とついて行ったので、修士課程(マスター)博士課程(ドクター)の先輩達が口々に言う。

「桜ちゃんが元気で安心やわ」
「みんな、いつか倒れるんちゃうかって心配しとったんやで」
「やっぱし就活早う終わらせた子は余裕やな」

 定食に加えてヨーグルトもトレーに載せていたので、先輩達に「偉い偉い」と褒められた。
 先輩達だってお金ないのに、時々奢ってくれたりしていたから、早く社会人になって差し入れする立場になりたいなと思う。

 本来なら高校を出た時点で就職して、実家にお金を入れた方がいいのはわかっていたけど、私のわがままで大学に行かせてもらった。「入学金・学費の全額免除が勝ち取れたら」という条件付きではあったけれど。

 妹は高校生二年生で、弟はまだ中学生三年生。来年就職すれば、何とか二人の学費は稼げると思う。

 とりあえず、私は橘部長に甘えることにした。

 先日、「生計を一にする」などと電話で言った橘部長は、私が「心苦しいです……」と言うと、『使わないつもりなら、それでもいい。現金がいいなら振り込む』と答えた。

「絶対振り込まないでくださいね! ありがたく使わせて頂きますから!!」

 とんでもない額を振り込みそうな予感がしたので、私は慌ててそう言った。


 普段優しい先輩たちは、ゼミの質疑では鬼のようになる。

「『グリヒヤ・スートラ』はええんやけど、『王子の誕生(クマーラサンバヴァ)』の翻訳、文節がおかしない? 自分で原本から訳したか?」
「すみません、時間なくて和訳を使いました」
 他大学の紀要にあった和訳を使ったのを怒られた……。

「ジャイナ教における概念まで持ち出したら、本題から逸れへん? 観点はええ思うけど、時間あるん? 清川は翻訳作業遅いのに、一月の締切までに出来るん?」
「すみません、教授(せんせい)と相談します」
 附論が増えるから、確かに先輩の言うとおり間に合わないかもしれない……。

 他にもたくさん突っ込まれて、全部の質問に答えきれずに泣かされた私は、めそめそしながら自転車置き場まで歩いていた。
 
(バイトの後で時々寝落ちしながらも頑張って準備したんだけど、まだまだ甘かったなあ。先生にみてもらってない部分で、注釈の翻訳に間違ってる所あったし……)

 でも就活も終わって、前よりは時間に余裕が出来たから、卒論完成に向けて頑張ろう。そう考えながら、気分転換に図書館に行こうか、それともさっさと帰ろうかと逡巡していたら、手に持っていた携帯端末が振動した。

「わーい! 橘部長から電話だ~!」

 液晶画面に表示されている「橘宮燈」という三文字に心がぴょこぴょこ跳ねる。この前みたいにぼんやりせずに、すぐに電話に出た。
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