わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

「こんにちは!」
『元気にしているか?』
「はい、お陰様で元気です! ごはん美味しいです!」

 橘部長が少しだけ沈黙した。電話の向こうで笑っているような気がしたのは、多分私の願望だと思う。

『……いま、どこにいる?』
「え? 大学にいますけど」
『の、どこだ?』
「文学部の前です」
『これから、時間あるだろうか?』

 私の実家に行くのは来週に決まったし、特に用事はないはずだけど、お電話でお話したいのかな?
 というかまだ五時を過ぎたところだから、仕事中かと思ったんだけど。

「時間ありますよ。今日はバイトも休みですし」

 金曜日のゼミは長引くこともあるから、なるべくアルバイトを入れていない。さっきまで落ち込んでいたから、声が聞けてうれしかった。会話してるだけで悲しかった気分が落ち着いてくる。あぁ、私はこの人が好きなんだなあとぼんやり思っていた。

 会いたいなぁ。
 会ってちゃんと御礼を言いたい。

 三食ごはんを食べられるって、物凄く幸せだった。四十キロを切っていた私の体重は適正体重に近づいている。腰を据えて話せるよう、どこか座る場所を探した方がいいかなと思っていたら、橘部長が妙なことを言った。

『クスノキにいるのだが』
「…………(クスノキ)? 時計台の?」

 吉田キャンパス正門の時計台。戦前からあるキャンパスのシンボル。時計台の前には大きなクスノキがある。ぐるりと囲むようにベンチがあり、いつも誰かが集まってサークル活動やってたり、踊ってたり待合せしていたりする。学生だけでなく子連れのご近所さんや観光客も多い場所。

『そうだ、時計台』
「い、行きます! すぐ行きます!!」

 通話を切って、端末を手に持ったまま私は走った。
 時計台は、文学部からすぐそば。橘部長が在籍していた法経済学部からもすぐそば。
 走ればすぐに着く。

 すぐに。

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