わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

09. 橘部長が返してくれない

 塩見さんからの電話の用件は、おそらく「バイト代われ」だろう。無視しようかと思ったが、塩見さんはしつこく掛けてくる人なので、私は橘部長に「バイトの先輩なので、すみません」と断って電話に出た。電話の向こうは雑音が酷く音楽もうるさいから、きっとパチンコ店の中だと思う。

「無理です」
『えー俺まだ何も言うてへんのに』

 用件を言われる前に断った。それなのに、塩見さんはヘラヘラ笑っているような声で続けた。

『負け続けとったけど、やっと勝ったとこやさかい、もう少し粘って取り戻したいねん』
「今日は無理です」

『この台は出るて信じとったんや』
「知りません。無理です。他の人にあたってくださいね。切りますよ」

『もう断られてん。桜ちゃーん、冷たない? お小遣い、ちゃんとあげんで』

「お、お小遣い……」

 一瞬、心が揺らいだ。お給料日まで、まだ日があるからお小遣いをもらえるなら嬉しい。そしてハッとした。今、橘部長と千円を天秤にかけてしまった……。比べ物にならないのに。

 奨学金も借りているが、全額を実家の借金返済に充てている。親が私のお金を流用していることは、周囲には薄々気付かれているし、私自身も納得している。私は自分の生活費は全部自分で稼がないといけない。
 食費は橘部長に甘えることにしたし、使う度に上限額までチャージしてくれるお陰で、大学生協で買える物は何とかなるけど、その他にも現金は必要。他大学にしかない本のコピー依頼もタダじゃない。
 
 悲しいかな、千円でも私にとっては貴重なのだ。
 だから、これまでだったら「ハイよろこんでー!」と交代して、アルバイト先まで自転車を飛ばしていただろう。

 でも今日は、行きたくない。せっかく橘部長が会いに来てくれたから、少しでも一緒にいたい。
 私が沈黙した隙に、塩見さんが言った。

『ほな、頼むわ』
「あ! 待ってください! 無理です! 自分で行って!!」
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