わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

10. 橘部長は眠らない

 橘部長は、ネクタイピンをローテーブルに置くと、ネクタイを解いてジャケットを床に投げ捨てた。
 その乱暴な様が普段と違ってドキドキしてくる。
 頬とか耳とか、顔のあちこちにキスしながら私の服を脱がせようとするから抵抗した。

「ほんとに、ダメです! 夫婦間でも恋人同士でも、合意なしに無理矢理やったら強姦ですよっ!」

 そう叫んでから、そういえば私と橘部長って一体どんな関係なんだろうと思った。
 婚約者? 恋人……?
 何故かしっくりとこない。

 私は未確認事項があることを思い出した。
 橘部長の気持ちがわからない。そういえば、まだ答えてもらってない。わからないことは、即質問してしまおう!

「ねえ、橘部長、私のこと好きなんですか?」

 橘部長が一切の表情を消した。慣れてきたと思っていたけれど、いま何を考えているのか、全然読み取れなかった。しばらく沈黙したあと、橘部長は無表情で呟くように言った。

「わからない」
「何それ、酷い!」
「わからない……説明、出来ない……だが」

 橘部長が、ベッドの端まで逃げていた私の腕を掴んで、自分の方へと引き寄せる。

「君にはずっと触れていたい」

 抱きしめられてびっくりした。ちょっと痛いくらい。多分、橘部長はありのまま答えてくれたんだと思う。不器用で変な人。


 さっき、窓を閉めてエアコンをつけたから、部屋の空気はひんやりしている。橘部長の身体も冷たい気がした。橘部長の背中に回した腕に力をこめて、一度ぎゅっと抱きしめた後、私は少し身体を離して見上げて言った。

「私は橘部長の事、好きですよ」

 相変わらず無表情だったけどわかる。照れている。
 可愛い、そう思ってニコニコしていると、橘部長が小さな声で言った。

「君に会いたくて、大阪出張して来た」
「それ……職権濫用じゃないですか」
「じゃあ、次からは出張がなくても来ていいか?」

 私を見下ろして、無表情のまま橘部長が言う。私は多分、顔が赤くなっていたと思う。用がなくても会いたい……と、そう思ってくれているのだと分かって、私は恥ずかしくてうまく返事が出来なかった。

「そ、そういう口説き文句を言う時は、微笑んでください!」
「努力する」
「お願いします。いいですよ、しましょう、えっちなこと!」

 笑いながら私からキスをしたら、橘部長が少しだけ笑い返してくれた。

 うわあ! 笑った!
 一瞬だったけど。
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