わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
名前を呼ばれて目を覚ましたら、壁にもたれて座っていた橘部長が私を見下ろしている。無表情だったけど、何故か優しい気がした。
「ごめんなさい。寝てしまいました!」
「寝かせてやりたいが、もう時間だ」
「あ、お夕飯ですね! 楽しみです!」
三十分位は眠っていたみたいだったから、ずっと待たせていたのが申し訳なくて起き上がって謝ると、橘部長が私の髪を撫でた。
「いや、君の寝顔を見てるのが楽しかった」
「ずっと見てたんですか?!」
無言だったが、肯定だと思う。見る以上の事もされてそうで怖かったので、もう聞かないことにした。急いでお風呂に入って着替えようとしたけれど、お食事に行くのに相応しい服が無い。
クローゼットを探してもシンプルなシャツワンピースしかなくて、いわゆる「デート用の勝負服」が無い事に改めて気づいた。
これまで誰とも付き合って来なかったし、お洒落に使うお金の余裕がなかった。それが当たり前だと思ってたけど、なんだか恥ずかしいし、悲しくなってしまった。
「ごめんなさい。可愛いお洋服とか持ってなくて……」
表情が無いのはともかく、橘部長は芸術品のように秀麗なので、隣にいると申し訳ないなあと思う。せめてスーツなら目立たないけど、リクルートスーツでお食事に行くのも何だか変な気がする。
食費が浮いた分で、夏物を一着買おうかな。アルバイト先にいつも可愛い服を着てる後輩がいるから教えてもらおうかな。そう思いつつ、玄関先で誕生日プレゼントに貰った桜の練り香水をつけていると橘部長が呟いた。
「十分、可愛い……」
え、と思って振り返ったら、真剣な顔で見下ろされていた。
「君はそのままでも可愛い。だが、君がもっと着たいと思ってる服があるなら買って欲しい。やはり現金を振り込……」
「いーりーまーせーん! 自分で買いますから! 次は期待してくださいね! めーっちゃ可愛い服着てびっくりさせますから!!」
私がそう言うと、橘部長は能面のような顔で「楽しみにしている」と言った。
橘部長に連れて行ってもらったのは、私でも聞いたことのある有名店だった。ここは予約が取れないことでも知られているのに。前々から準備してたのかな。
自然の恵みいっぱいのお料理は見た目も美しいし、何よりとても美味しかった。あまり強くないのに、お酒もたくさん飲んでしまった。大将とのお話も楽しくて、お店にいる間ずっと笑っていた気がする。橘部長は相変わらず無表情だったけど、空気が柔らかいから楽しいんだろう。それが素なんだろうから放っておいた。
胃が慣れていないのか、コースの最後は食べきれなくて「橘部長にあげます……うう、悔しい、全部食べたかった」と半泣きで譲った。
橘部長は細いのに綺麗に全部食べていたから、素直に感謝して尊敬した。お残しはしたくない。