わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
翌日、私は、襟に花の刺繍が可愛いふんわりトップスに、これまたふわふわのチュールスカートという甘々ガーリーな格好をしてみた。髪も頑張って、ゆるふわに巻いてみたりした。アルバイト先が飲食店なので、禁止されてるから爪には何も塗れない。だから、ぴかぴかに磨いておいた。
やらかした感があって、何か恥ずかしい。でも、誰かとの「約束」がこんなにうれしいのも、時間をかけての身支度がこんなに楽しいのも、私にとっては初めてだった。
迎えの車に乗って、丹波口近くのお店へ行く。個室へ案内されるとすでに橘部長がいた。私を見たとたん、橘部長が無表情のまま「今日は、特に、可愛い……」と呟いた。
よし、勝った!
でも同時に私は負けてしまった!!
前髪をおろして、丸襟の白シャツに黒いジャケットを羽織っただけの橘部長がかっこよすぎて眩暈がした。いつもスーツだし、クールビズでもネクタイをしてるから、こんなにラフな格好は初めて見る。
「まままま前髪、反則ーー!!」
「……? 何に対して反則なんだ?」
「とにかく反則です。カッコイイ……」
言われ慣れているのか、橘部長は特に何の反応も示さなかった。容姿の良い人って言われ過ぎると「褒められるのは顔だけか」と嫌になるらしいので、もしかしたら橘部長もそうなのかもしれない。でも、正面に座ると美しすぎて直視出来ない。
ほんの少し斜めに座った私を、橘部長は不思議そうに見ていた。
本格的な京料理のお店だったので、旬の京野菜がたくさん!
私が笑いながら「この葉とうがらしの炒め煮も美味しいですね~」と言うと、無表情の橘部長から「桜は好き嫌いがないのか?」と聞かれた。
「無いですね! 何でも食べます!」
「そうか。それはよかった……」
「どうしたんですか?」
「一昨日も今日も、私が行きたい店に連れて行ってばかりだから、君の好みに合っているか気になっていた」
「お気遣い、ありがとうございます。橘部長は優しいですね」
私がそう言うと橘部長の箸がピタリと止まった。そのまましばらく動かなかった。
「どうしました? 金縛りですか? 何かにとり憑かれました?」
「……冷たいと言われることは何度もあった。優しいと言われたのは初めてだ」
「あれ、そうですか。みんな見る目無いですね!」
アハハと笑っても、橘部長は無表情だった。そして、言った。
「桜、私と結婚して欲しい」
二回目のプロポーズにびっくりした私は、あやうく鱧しゃぶの鍋をひっくり返す所だった。