わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
束ねた髪が元気よくクルクルと跳ねている。役員専用エレベーターに満面の笑みで颯爽と乗り込んできて、杉岡の制止も聞かず文句を言う彼女を、面白いと思った。
一体どんな人間なんだろうと興味が湧いて、杉岡には退いてもらったが踵を返された。もうエレベーターが十二階についてしまう。
どうせ後で会うのはわかっていたが、離れがたい。そう思っていたら、彼女の髪の毛が、私のスーツのボタンに引っ掛かった。
杉岡がとろうとしてくれたが、何故か絡まってとれない。私は心の中で(杉岡さん、マジでありがとうございます)と呟いていた。
杉岡は、私が役員になった昨年から付いた秘書で、とても真面目。「社内では必ず『杉岡』と呼び捨ててください。敬語も使わないでください」と念を押されている。派閥に属さない彼は、数少ない私の味方でもあった。
「すみません……」と小声で謝っている彼女が可愛い。桜の薫りがする。
髪を切ってしまったので、詫びを言ったが、彼女は気もそぞろな様子だった。四次面接に遅れそうなのが気になるんだろう。焦っている顔も可愛い。
彼女がフロアから出ていってから、予め採用担当から預かっていた資料一式をキャビネットから出す。これから面接を行う学生の履歴書等が揃えてあるのだが、それを杉岡が見せるよう促したので、全部まとめて渡した。おそらく先ほど出会ったあの学生の資料をみたいのだろう。
「あいつ、どこの大学だ……」
バサバサと紙をめくっていた杉岡の手がとまる。
苦虫を噛み潰したような顔。まさに、苦虫だったのだと思う。
「……あの小娘……京大……」
京都大学に落ちて神戸大学に行った杉岡にとって、京大は鬼門。
彼女があのエレベーターの中で大学名を口にしていたら、おそらく杉岡は、もっと屈辱的な気分になっていたと思う。
面談場所の前室で杉岡が言った。
「部長の後輩でしたね、あの清川とかいう小娘」
「……そうだな」
京都の大学だったのは好都合だ。コネクションを使えば、成績表やその他いろいろな情報も手に入るだろう。