わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
私も橘部長も黙ってるから、微かな雨音しか聞こえない。衣擦れと、お互いの息遣いさえ聞こえる。静かすぎて怖くなってきた。きっと心臓の音も聞こえてる。橘部長が、相変わらずの無表情で私を見下ろして淡々と言った。
「桜、私は君がとても好きだ」
「……今なんて言いました?」
言葉の意味が理解できないのは初めてだった。
たいていの事は一度聞けば理解したし、一度読んだり聞いたりしたら記憶するのも得意だった。
でも今は理解出来ない。私はひどく混乱している。
「君が好きだ、と言った」
言われるはずのない言葉。言われなくてもいいと思っていた言葉。
--でも、口にして、伝えて欲しかった言葉。
びっくりし過ぎて勝手に涙が出てきた。
「そういう、告白を……するときは……微笑んで、ください……」
それだけ言って両手で口を覆ったけど、嗚咽がとまらなくなった。うれしくて泣くなんて初めてで、どうやってとめればいいのか分からない。
ずっと言って欲しかった。好きって言って欲しかった。
この結婚は形式的なものなんじゃないかと思っていた。私は橘部長がとても好きだから、好きになればなるほど不安だった。
自分の中にこんな激情があるなんて知らない。
誰かに何かを言われて、こんなに感情を揺さぶられる事があるなんて知らない。
橘部長が私の髪を撫でて、もう一度言う。
今度は微笑んで。
「好きだ」
そんなに優しく笑わないで。
「泣いても綺麗だ」
そんなに優しく囁かないで。
切なくて息が出来ない。橘部長の腕につかまって、頑張って私も答えた。
「私も好きです、橘部長……」
「肝心な時に役職で呼ぶな」
「あ、そうでした! 宮燈さん、大好きです」
私が泣きながら笑うと、抱き締めてくれた。私も力いっぱい抱き締める。
ゆっくりキスしてもらったら、胸が苦しいくらいに幸せになった。