わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

03. 橘部長には愛が足りない

 企業の採用選考解禁日、この日に大企業はこぞって内々定を出すわけだから、他社にも行ってそこで複数の内々定をもらわないように、学生の身体を拘束して自社に囲い込む。その為に、食事会なり懇親会なりがあるのだが、双葉の場合は、本社近くのホテルでのお食事会だった。
 普段、バイト先のまかないか、もやしで生きてる貧乏学生には夢のような豪華なご飯だった。
 牛肉なんて何年ぶりに食べただろうか……。めちゃくちゃ美味しい。

 総合職はどうしても女子の割合が少ないからか、同じテーブルの他の内々定者は皆、男子だった。やたらと興味を持たれてしまい、段々会話が面倒になった私は、途中から橘部長の観察をしていた。
 橘部長は三つほど離れたテーブルにいる。

 今日も無表情だ。こんな美味しいご飯を食べているのに、何故頬が緩まないのか不思議だ。
 でも、食べ方は上品だったから、きっと育ちがいいんだろうなあと思っていた。母にいつも「あんた口が破れてるの?!」と言われるほど何故がぽろぽろこぼしてしまう私とは大違いだ。口が破れてるというより、多分口が小さいのだと思う。
 ずっと見ていたからか橘部長と目が合った。
 わお! 美人だ!

 ついへらっと笑ったが無視された。本当に愛想笑いすら出来ないらしい。


 昼食後は、研修という名目の時間拘束。それが終わり帰り支度をしていると、なぜか橘部長が目の前に来て、私を見下ろして無表情で言った。

「髪を切ったお詫びをするから、来なさい」

 来なさいって、一体どこに連れていかれるの? 美容室とか?
 でももう髪はのびて、切った部分がどこなのかもわからない。そして、あの日は面談が控えていて気が急いたから「結構です」と断ったが、今日は断る理由がない。私は思案しながら、しばらくの間、橘部長を見上げていた。
 観察してみたけど、何を考えているのか全然読み取れない。とりあえず、顔がいい。

「来なさい」

 もう少しこの人を知りたいと思った私は、笑ってふたつ返事をした。相変わらず橘部長は無表情だったから、本当に詫びる気あるのか疑いたくなる。

 そのやりとりをそばで聞いていた杉岡さんが、終始私を睨み付けていたのが怖かった。
 杉岡さんは橘部長の秘書だそうで、きっと第一印象最悪の私が嫌いなんだろう。
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