わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
足音がしないように、そーっと自分の部屋に戻った。着替えて、見えてしまう場所にある鬱血痕を隠す。そのひとつひとつにファンデーションをあてるたびに、宮燈さんがここにキスしたんだと確認しているようで恥ずかしくなる。
シャワーは浴びたけれど、ついさっきまで抱かれていたせいで当然のように体の中に余韻があった。他人の前では見せない、宮燈さんの甘くて優しい表情を思い出す。そして、えっちの時はちょっと意地悪になるところも。
「な、なんか物凄く恥ずかしいよう。変な顔になってないかな」
鏡の中で何度もチェックして、いつも通りのはずだと言い聞かせた。
廊下に出ると、大阪での内定者研修で一緒だった三原早紀ちゃんと出くわした。総合職は女子が少ないから、貴重な同性の同期だし、何となく気が合っていたので連絡先も交換して何度かやり取りもしていた。
「おはよう、早紀ちゃん」
「桜ちゃん、おはよう~! 聞いたよ昨日の事件」
「事件?」
私が橘部長の部屋にいたことは誰も知らないはず。事件が一体何のことなのかわからず、ビクビクしていると彼女が笑いながら言った。
「一般職の子に馬鹿って言ったらしいじゃん、ヤバイよそれ」
早紀ちゃんが言うには、吉岡が二次会で、私に酷い事を言われたと皆に話していたらしい。要約すると「総合職だなんて凄いですねと褒めたのに、馬鹿と言われた」と。
早紀ちゃんにはやり取りの全部を話したから「そういう事かあ」と分かってもらえたけれど、多分、これで一般職の子からは敵視されちゃうんだろうなとうんざりした。