わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
内定式は短時間とはいえ、役員も出席するからとても緊張する。
懇親会まで終わると、本当に肩の荷が下りた気持ちだった。
例年通り、懇親会の後で二次会しましょうという話になったので、学生数名に近くのコンビニまで買い出しに行ってもらい、食堂の一部を使わせてもらって雑談が始まった。
上司の愚痴が無い飲み会っていいよなあ~僕も七年前はこんな風にキラキラしてたよなあと思いながら、コーラを飲んでいた。ちなみに僕は下戸でお酒が飲めない。酔いが回るとだいたい恋愛の話になり、一般職内定者の子が「橘部長がカッコイイ!」と盛り上がり始めた。これも去年見た光景だ。そして多分そろそろ言われるだろう。
「林さん、橘部長も二次会に呼んでもらえませんか?」
来ると思っていた。十中八九、部長は来ない。そもそも飲み会に参加してる方がレアケースなのだから。懇親会はあくまで仕事。任意参加の飲み会に来るはずがない。多分もう電源切ってるだろうなと思いながら、僕は電話を掛けた。
まだ部屋で仕事中だったのか、繋がってしまった。案の定、若干嫌そうな声のトーンで「もう入浴して寝ようかと思っていた」と返された。
何となく、人間らしい部分が想像出来ない人なので、言ってしまった。
「え、橘部長、お風呂入られたんですか?」
『当たり前だろう、私だって風呂位入る』
あ、まあ、そりゃそうだよな。お風呂イコール裸を想像したのか、女の子がキャーキャー喜んでいる。そのまま話題が下ネタに突入していたので、こっちの会話が聞こえないように、僕は早めに切ってしまおうと思っていた。でも、僕の耳にあり得ない音が聞こえた。
『っ…………ん』
……空耳かな。今、喘ぎ声が聞こえた気がする。
「橘部長?」
『何かな?』
「……いえー……夜分にお邪魔しました……」
僕は慌てて電話を切った。
空耳だ。空耳に違いない。まさかそんなことあり得ない。
この施設は、研修棟と宿泊棟が繋がっているけれど、宿泊棟には研修とは関係なく泊まることが出来る。保養所みたいなものだ。バブル崩壊の時に、我が社はほとんどの不動産を売ってしまったらしいが、ここだけは残してある。社員なら家族で泊まることも出来るが、サービスはビジネスホテル並みだし、休みの日にまで会社関係者に会いたくはないから、僕はプライベートで使ったことはない。
さっき斎木さんから聞いた、噂の彼女? 橘部長の彼女?
いやいや、こんな安普請の宿泊所に、彼女を連れ込むとかあり得ない。あり得ない。
でも、もしその彼女が、元々ここに宿泊している人物だったら……?
うん、ますますあり得ないから、僕は下ネタに加わらず、ちょっと話題に入りづらそうにしてる学生に話しかけて、入社までの不安や悩みがないか相談にのるという、とても採用担当らしい仕事をすることにした。