恋に揺蕩う
薄茶色の瞳をおぼろげに見せ、掴みきれない淡い古着の色味が、私の視界にじんわりと馴染む様子をまだ覚えている。
多分、そのときから私は、依(より)に一目惚れしていたんだろう。
──アプリにも慣れてきた12月はじめ、クリスマスの匂いが立ち込めた街を1人強く踏みしめる。
“聖なる夜?そんなの知らねえ!”なんて開き直る歳など早くに過ぎ去り、ここ何年か朱里の中では、クリスマス時期を含めた前後3ヶ月辺りが、1年の中で最もきらきらと興奮する時期になっている。
街に暖色の色味が強まり、それに反するように凍える風の吹き出す様が、なんとも愛おしい。
もっといえば、目の悪い朱里にとって、木々につくようなイルミネーションは全てぼやけてみえるため、光の実がなっているかのような幻想をもたらしてくれた。
イルミネーションで一番好きなのは光のトンネルだ。
四方八方身体のすべてが光に取り囲まれ、“現実”という暗い部分までシャットアウトしながら、まるでそっと包まれるような安心感に浸れる。
光のトンネルを見つけると、人の目などお構いなしに何度でもその道を歩いた。
そういえば半年前、気の迷いで付き合いを承諾した男にその趣味は知られ、朱里が別れを切り出す寸前まで自分を連れていきたいところについて意気揚々と語るその姿に、ふと我慢のできない吐き気を覚えた。
思い出したくもないが、流される恋などもう御免だ、と強く思ったことだけは友達に力説したと思う。
素直に言えば、あぁ私は本当に誰かのことを好きになったことがないんだな、と確信できた3ヶ月であったとも思う。
いわゆる“恋人”といわれる仲を紡ごうとするとき、朱里はいつも戸惑った。
恋人だって立派な人間関係だ。
愛のもとにあるからと言ってなんでも上手く行くわけではないことは、両親を見て痛いほど知っていた。
複雑な家庭環境の中に育ったために、昔から周りの顔色を伺いながら表情を作ることは上手い。
その頃から、“わがままを言っては迷惑をかけてしまう”という気持ちの芽生えに、不安でたまらなくなり、わけがわからなくなり、どうにでもなれ、と現状に一気にもたれ掛かったのだろう。
それならばわがままは言わなければいい、言わないのだから干渉もしないで欲しい、だからほっといてよ、私は私なの、うるさい!!!!!
──頭がぼうっとして涙がツーっと垂れた。
意識の中に隠している本当は果てしなく愛されたい甘えたい気持ちと、そんなふうに生きたところで落ちぶれていくだけだと制御する気持ちが均衡して、懲りなく何度も爆発した。
爆発は自分の中にとどまり制御できないほど涙が溢れるか、身内の人間にぶつけてしまい外傷を受けるか、大抵そのどちらかだった。
のちに心理系のカウンセリングを受ける機会があり、やはりそこで
「本当は最大限に甘えん坊のあなたが社会で生きていくために、親のように制御する特性も高く備えているの、頑張っているのね」
と、そのようなことを告げられた。
学校帰りの路地を入ったところで、ふとスマホの画面がイルミネーションに混じるようにぱあっと光る。
「よろしくね😄」
思いもよらぬ新着メッセージの通知に指が震えた。
アプリを初めて1ヶ月、メッセージが来ること自体は珍しくはなかったし、なんなら慣れから、返信を寝かすという行動をするなりひとりドヤ顔をするくらいのはずだった。
いつもだったら、「こんな顔文字をつけてくる男ってなんかダサいよね(笑)」とかなんとか言って、紗衣とクスクス笑うところだ。
だがスクショをすることも紗衣のトークを開くこともなく、すぐにメッセージを開いた。
最近スワイプした、キュートフェイスの男の子だった。
咄嗟にニヤけた顔を叩き画面をじっと見ていると、なぜだか涙袋に力が入った。
最近の癖みたいだ、朱里らしい、実に意味のわからない癖。
すかさずいつものようにシンプルな返事をしようとして、やめた。
「なんかさ、自分から好きになるといつもうまく行かないんだよね〜」
過去の自分の発言が頭をこだました。
直感でしかなかったが、この人だけは、どうしてもその“いつも”にしたくなかった。
惚れやすい自分のことだから、そのときにはもう彼を好きになっていたし、手遅れだからこそなんでもいいやと投げやりな気持ちもあったと思う。
プロフィールに飛び、彼の写真を見ながら、お互いに暇つぶしだと言い合って、会話はみるみる進んだ。
その会話はどれもふざけたもので、二人で永遠とボケながらスクロール画面を増やし、朱里はすっかり次の返信が待ち遠しくなっていった。
彼は21歳の社会人。
詳しいことはわからないが気が合うのだけは確かで、会話は止まることを知らないように、ポンポンと続いた。
暇つぶしで始めたという自己紹介は朱里に負けず劣らずの薄さで、まるで粉溶けの悪いコーンスープのようだった。
底に溜まっているであろう粉、すなわち本性をどうにか崩してみたくてゆっくりと溶かしてみたくて、飲み干したらどんな味がするのだろうと考えては顔を赤らめた。
今までにない、胸の高鳴りだった。
彼の顔と姿を鮮明に映す写真を見る限り、どうも朱里のどタイプだ。
対照的なアイコンを持つ二人は、中身などスカスカのメッセージで、お互いの日々の物足りなさを笑い飛ばした。
多分、そのときから私は、依(より)に一目惚れしていたんだろう。
──アプリにも慣れてきた12月はじめ、クリスマスの匂いが立ち込めた街を1人強く踏みしめる。
“聖なる夜?そんなの知らねえ!”なんて開き直る歳など早くに過ぎ去り、ここ何年か朱里の中では、クリスマス時期を含めた前後3ヶ月辺りが、1年の中で最もきらきらと興奮する時期になっている。
街に暖色の色味が強まり、それに反するように凍える風の吹き出す様が、なんとも愛おしい。
もっといえば、目の悪い朱里にとって、木々につくようなイルミネーションは全てぼやけてみえるため、光の実がなっているかのような幻想をもたらしてくれた。
イルミネーションで一番好きなのは光のトンネルだ。
四方八方身体のすべてが光に取り囲まれ、“現実”という暗い部分までシャットアウトしながら、まるでそっと包まれるような安心感に浸れる。
光のトンネルを見つけると、人の目などお構いなしに何度でもその道を歩いた。
そういえば半年前、気の迷いで付き合いを承諾した男にその趣味は知られ、朱里が別れを切り出す寸前まで自分を連れていきたいところについて意気揚々と語るその姿に、ふと我慢のできない吐き気を覚えた。
思い出したくもないが、流される恋などもう御免だ、と強く思ったことだけは友達に力説したと思う。
素直に言えば、あぁ私は本当に誰かのことを好きになったことがないんだな、と確信できた3ヶ月であったとも思う。
いわゆる“恋人”といわれる仲を紡ごうとするとき、朱里はいつも戸惑った。
恋人だって立派な人間関係だ。
愛のもとにあるからと言ってなんでも上手く行くわけではないことは、両親を見て痛いほど知っていた。
複雑な家庭環境の中に育ったために、昔から周りの顔色を伺いながら表情を作ることは上手い。
その頃から、“わがままを言っては迷惑をかけてしまう”という気持ちの芽生えに、不安でたまらなくなり、わけがわからなくなり、どうにでもなれ、と現状に一気にもたれ掛かったのだろう。
それならばわがままは言わなければいい、言わないのだから干渉もしないで欲しい、だからほっといてよ、私は私なの、うるさい!!!!!
──頭がぼうっとして涙がツーっと垂れた。
意識の中に隠している本当は果てしなく愛されたい甘えたい気持ちと、そんなふうに生きたところで落ちぶれていくだけだと制御する気持ちが均衡して、懲りなく何度も爆発した。
爆発は自分の中にとどまり制御できないほど涙が溢れるか、身内の人間にぶつけてしまい外傷を受けるか、大抵そのどちらかだった。
のちに心理系のカウンセリングを受ける機会があり、やはりそこで
「本当は最大限に甘えん坊のあなたが社会で生きていくために、親のように制御する特性も高く備えているの、頑張っているのね」
と、そのようなことを告げられた。
学校帰りの路地を入ったところで、ふとスマホの画面がイルミネーションに混じるようにぱあっと光る。
「よろしくね😄」
思いもよらぬ新着メッセージの通知に指が震えた。
アプリを初めて1ヶ月、メッセージが来ること自体は珍しくはなかったし、なんなら慣れから、返信を寝かすという行動をするなりひとりドヤ顔をするくらいのはずだった。
いつもだったら、「こんな顔文字をつけてくる男ってなんかダサいよね(笑)」とかなんとか言って、紗衣とクスクス笑うところだ。
だがスクショをすることも紗衣のトークを開くこともなく、すぐにメッセージを開いた。
最近スワイプした、キュートフェイスの男の子だった。
咄嗟にニヤけた顔を叩き画面をじっと見ていると、なぜだか涙袋に力が入った。
最近の癖みたいだ、朱里らしい、実に意味のわからない癖。
すかさずいつものようにシンプルな返事をしようとして、やめた。
「なんかさ、自分から好きになるといつもうまく行かないんだよね〜」
過去の自分の発言が頭をこだました。
直感でしかなかったが、この人だけは、どうしてもその“いつも”にしたくなかった。
惚れやすい自分のことだから、そのときにはもう彼を好きになっていたし、手遅れだからこそなんでもいいやと投げやりな気持ちもあったと思う。
プロフィールに飛び、彼の写真を見ながら、お互いに暇つぶしだと言い合って、会話はみるみる進んだ。
その会話はどれもふざけたもので、二人で永遠とボケながらスクロール画面を増やし、朱里はすっかり次の返信が待ち遠しくなっていった。
彼は21歳の社会人。
詳しいことはわからないが気が合うのだけは確かで、会話は止まることを知らないように、ポンポンと続いた。
暇つぶしで始めたという自己紹介は朱里に負けず劣らずの薄さで、まるで粉溶けの悪いコーンスープのようだった。
底に溜まっているであろう粉、すなわち本性をどうにか崩してみたくてゆっくりと溶かしてみたくて、飲み干したらどんな味がするのだろうと考えては顔を赤らめた。
今までにない、胸の高鳴りだった。
彼の顔と姿を鮮明に映す写真を見る限り、どうも朱里のどタイプだ。
対照的なアイコンを持つ二人は、中身などスカスカのメッセージで、お互いの日々の物足りなさを笑い飛ばした。