恋に揺蕩う
それから1週間後、彼からの返信を待つことが朱里の毎日の楽しみになった。
なんとも頭につっかえてくるアラーム音をうなりながら止めたくて、寝相でしびれた右手を持ち上げる。
音が鳴り止むとすぐに、なんとも言えない表情でスマホ越しに映る男のアイコンが光るなり、短な文字列が画面上部へ上がってきた。
「いま暇?」
たった四文字の誘い文句。
誰なのかわからないし乗り気になるわけでもないけれど、朱里はこんなようなラフさ加減がどうしようもなく好きだ。
その気怠い適当さは、心に染み入るゾクゾクとした感情を与え、ここ数日すっかり乙女きっている朱里にはちょうど良かった。
じんわりと、その場限りの好意を寄せたフリをして、心を作る。
付き合ってやろうと指を出すと、ちょうどその場所に紗衣からの新着メッセージの通知が降りてきた。
「あっ。」
よくあることだ。
何て来ていたのか読めなかったけれど、とりあえず今日は、愛の止まらない紗衣へ即レスする運命なのだなあ‥と意味のわからないことを思いながら、文字を一つ一つ読んだ。
アプリを始めてからというもの、文字をさばく時間が圧倒的に短くなった。
でもそれはあくまでも、アプリの中の男に対しての“私はがっついてません”という意思表示。
…という表向きに隠れた、朱里の面倒くさがりからだった。
だから紗衣のメッセージはもちろん、他の友達のメッセージだって、前以上にしっかり読むことに執着している気がする。
「なんだか最近疲れてるのかなぁ、肩凝り酷いしお腹も壊しがちだあ…」
独り言を吐いて肩を回す。
朱里が体調を崩すときはきまって何かが起こる前触れだ、と紗衣に恐ろしがられるため、この頃の体調の変化に自分でも少々気を張るようになっていた。
少し暗くなった視界を急いでタップし、もとの明かりを取り戻すスマホ。
「いい男見つかった?笑」
文面はなんの曲がりもない心配メッセージだ。
いつもならおちゃらけて返すはずだが、何故か顔が歪んで瞬き1回、スマホは持ったまま遠くに目をやった。
それから咄嗟に目の下を引っ張っても、じんわり涙がこみ上げてきた。
確かに男の人と話すのは楽しい。
映りの良い顔と、例え偽りだとしても気づけない、気づかせないように見えない殻を被ったようなプロフィール。
それを真に受ける、ようで探りながらの会話。
相手にとって何が気に障るのか、はたまた何がグッとくるのか、返信から伝わるものだけでは自分に一応の興味があるということ以外、よくわからなかった。
判断基準が様々すぎて困惑した。
周りの友達に比べてひとりだけ、未だ中学生のような恋愛の記憶が最後だということは、もう十分なコンプレックスだった。
「んーなんか、微妙。胸の高鳴りを感じた男の子はいたけどね(笑)」
いつも通りの早打ちで、文面に続いてムカつくがなんか憎めない、もちもちとした顔つきのスタンプを間髪入れずに送った。
そっとトーク画面を閉じ、目の乾きを感じた瞼がそれに続くように休みたがった。
裏で聴いていた音楽が、使い古したイヤフォンから振動を絶えず届けてくれる。
そういえば何日か前、最近の若者は曲調子より歌詞をより大事にするような傾向にあるとかなんとか、そんなようなことを耳にした。
ラップの流行りも相まって、みんなが心に秘めて言えない叫びたちを代弁してくれる音楽は、そりゃ人気になるはずだ。
そう思うのは朱里だって、その若者のひとりだからだ。
私も言いたいことをこんなにお洒落な音にのせて届けられるならなあ。
──それから誘い文句に乗った。
電車に乗り込むと、心が無のままに心臓だけが気持ち悪く跳ねた。
男の言う待ち合わせ場所のコンビニをスッと見つけられて、酒のショーケースの光に吸い込まれる。
しばらくして一人の影が近づいてきて、久しぶりに会った友達のように他愛ない会話を何回かしながら、男の運転する自転車に乗せてもらった。
「ニケツなんて初めてだよ、恥ずかしい(笑)」
と言いながら、背中に抱きついた。
家につくなり、きっと緊張を流し込むようにお酒を入れたんだろうと思う。
その先のことは、今ではもう美化されているから、そのままで放っておきたい。
酒の勢いで明かした12月上旬の朝は、寒さも本番の匂いに近くて、何もかもが思っていたよりもずっとあっという間に感じたもので、いつもとなんら変わらなかった。
息を吸ってもまだつっかえる苦しさがあるし、昨日濃いめにのせたチークがまっさらに消えていた。
それから唇に手を当て、無意識に口角を無理やりあげようとしている自分を止めた。
「ありがとう。私、もっと大人になりたいの。」
寝たままの男の背中に、可笑しいかもしれないけれど素直に感謝を述べ、1ヶ月前の酔った紗衣に負けないくらいさらさらと玄関に向かう。
足は迷わず、淡々と駅へ引き返すように動いた。
こんなもんか、と納得したら泣かなかった。
家に着く少し前、ふと紗衣にメッセージを送る。
「ついに私も、女になっちゃった。(笑)今度詳しく話すね。」
なんとも頭につっかえてくるアラーム音をうなりながら止めたくて、寝相でしびれた右手を持ち上げる。
音が鳴り止むとすぐに、なんとも言えない表情でスマホ越しに映る男のアイコンが光るなり、短な文字列が画面上部へ上がってきた。
「いま暇?」
たった四文字の誘い文句。
誰なのかわからないし乗り気になるわけでもないけれど、朱里はこんなようなラフさ加減がどうしようもなく好きだ。
その気怠い適当さは、心に染み入るゾクゾクとした感情を与え、ここ数日すっかり乙女きっている朱里にはちょうど良かった。
じんわりと、その場限りの好意を寄せたフリをして、心を作る。
付き合ってやろうと指を出すと、ちょうどその場所に紗衣からの新着メッセージの通知が降りてきた。
「あっ。」
よくあることだ。
何て来ていたのか読めなかったけれど、とりあえず今日は、愛の止まらない紗衣へ即レスする運命なのだなあ‥と意味のわからないことを思いながら、文字を一つ一つ読んだ。
アプリを始めてからというもの、文字をさばく時間が圧倒的に短くなった。
でもそれはあくまでも、アプリの中の男に対しての“私はがっついてません”という意思表示。
…という表向きに隠れた、朱里の面倒くさがりからだった。
だから紗衣のメッセージはもちろん、他の友達のメッセージだって、前以上にしっかり読むことに執着している気がする。
「なんだか最近疲れてるのかなぁ、肩凝り酷いしお腹も壊しがちだあ…」
独り言を吐いて肩を回す。
朱里が体調を崩すときはきまって何かが起こる前触れだ、と紗衣に恐ろしがられるため、この頃の体調の変化に自分でも少々気を張るようになっていた。
少し暗くなった視界を急いでタップし、もとの明かりを取り戻すスマホ。
「いい男見つかった?笑」
文面はなんの曲がりもない心配メッセージだ。
いつもならおちゃらけて返すはずだが、何故か顔が歪んで瞬き1回、スマホは持ったまま遠くに目をやった。
それから咄嗟に目の下を引っ張っても、じんわり涙がこみ上げてきた。
確かに男の人と話すのは楽しい。
映りの良い顔と、例え偽りだとしても気づけない、気づかせないように見えない殻を被ったようなプロフィール。
それを真に受ける、ようで探りながらの会話。
相手にとって何が気に障るのか、はたまた何がグッとくるのか、返信から伝わるものだけでは自分に一応の興味があるということ以外、よくわからなかった。
判断基準が様々すぎて困惑した。
周りの友達に比べてひとりだけ、未だ中学生のような恋愛の記憶が最後だということは、もう十分なコンプレックスだった。
「んーなんか、微妙。胸の高鳴りを感じた男の子はいたけどね(笑)」
いつも通りの早打ちで、文面に続いてムカつくがなんか憎めない、もちもちとした顔つきのスタンプを間髪入れずに送った。
そっとトーク画面を閉じ、目の乾きを感じた瞼がそれに続くように休みたがった。
裏で聴いていた音楽が、使い古したイヤフォンから振動を絶えず届けてくれる。
そういえば何日か前、最近の若者は曲調子より歌詞をより大事にするような傾向にあるとかなんとか、そんなようなことを耳にした。
ラップの流行りも相まって、みんなが心に秘めて言えない叫びたちを代弁してくれる音楽は、そりゃ人気になるはずだ。
そう思うのは朱里だって、その若者のひとりだからだ。
私も言いたいことをこんなにお洒落な音にのせて届けられるならなあ。
──それから誘い文句に乗った。
電車に乗り込むと、心が無のままに心臓だけが気持ち悪く跳ねた。
男の言う待ち合わせ場所のコンビニをスッと見つけられて、酒のショーケースの光に吸い込まれる。
しばらくして一人の影が近づいてきて、久しぶりに会った友達のように他愛ない会話を何回かしながら、男の運転する自転車に乗せてもらった。
「ニケツなんて初めてだよ、恥ずかしい(笑)」
と言いながら、背中に抱きついた。
家につくなり、きっと緊張を流し込むようにお酒を入れたんだろうと思う。
その先のことは、今ではもう美化されているから、そのままで放っておきたい。
酒の勢いで明かした12月上旬の朝は、寒さも本番の匂いに近くて、何もかもが思っていたよりもずっとあっという間に感じたもので、いつもとなんら変わらなかった。
息を吸ってもまだつっかえる苦しさがあるし、昨日濃いめにのせたチークがまっさらに消えていた。
それから唇に手を当て、無意識に口角を無理やりあげようとしている自分を止めた。
「ありがとう。私、もっと大人になりたいの。」
寝たままの男の背中に、可笑しいかもしれないけれど素直に感謝を述べ、1ヶ月前の酔った紗衣に負けないくらいさらさらと玄関に向かう。
足は迷わず、淡々と駅へ引き返すように動いた。
こんなもんか、と納得したら泣かなかった。
家に着く少し前、ふと紗衣にメッセージを送る。
「ついに私も、女になっちゃった。(笑)今度詳しく話すね。」