神殺しのクロノスタシスⅢ
プロローグ
〈これまでのあらすじ〉


遥か太古の昔、大陸では、聖なる神と禍なる神(邪神)との熾烈極まる聖戦が行われていた。

聖なる神は人間を守る為に犠牲となり、邪神の前に破れた。

世界が暗黒に染められようとしていたそのとき、イーニシュフェルトの里と呼ばれる場所に住む賢者達が立ち上がる。

彼らは「神殺しの魔法」を用いて、邪神を封印することを計画した。

しかしその魔法は、大勢の人々の魔力を必要とし、術者である一人の魔導師を除く、里に暮らす全員の命をとして、ようやく為せる禁忌の魔法であった。

イーニシュフェルトの里の賢者は、才能のある、若きたった一人の魔導師に、神殺しの魔法の魔法の成功。

及び、後に再び甦るであろう邪神を、今度こそ討ち滅ぼし、死にゆくイーニシュフェルトの里の賢者達の無念を必ず晴らすよう、使命を命じて散っていった。

使命を受けた若き魔導師は、同胞の無念を背負い、必ずいつか邪神を滅ぼすことを誓い、神殺しの魔法を成功させ、里の賢者の命を犠牲に、邪神を封印した。

その若き魔導師の名は、シルナ・エインリー。

彼は、荒廃し、滅び去ったイーニシュフェルトの地を去り、己の使命を果たすべく、何千年にも及ぶ流浪の旅を始める。

その旅の目的は、邪神を滅ぼす為に必要な生贄…依代を探すことであった。

長き旅の果てに、彼はとある村で、座敷牢に繋がれた一人の子供と出会う。

その子の名は、二十音(はつね)・グラスフィア。

二十音は、比類ない膨大な魔力を持ち、邪神の依代とするには最適の存在であった。

シルナ・エインリーは、二十音を完全なる邪神の依代とするべく、旅を続けながら、二十音の訓練を始める。

しかし、シルナ・エインリーは二十音に会って初めて、自分が何千年もの間、孤独であったことに気づく。

やがて彼は二十音を深く愛するようになり、死んでいった同胞達の無念を晴らすより、二十音と共に生きていくことを考えるようになる。

迷いの中、彼は二十音を依代として邪神を降ろし、ついに邪神を滅ぼそうとするが。

彼に殺されそうになっても、それでも彼を信じて笑顔を向ける二十音に、シルナ・エインリーはついに、二十音を殺すことが出来なかった。

そのとき、シルナ・エインリーは、イーニシュフェルトの里の、死んでいった同胞達の無念を晴らすという使命を捨て。

邪神を体内に宿し、邪神そのものとなった二十音・グラスフィアと共に生きていくことを決意する。

時は流れ、シルナ・エインリーは、かつてイーニシュフェルトの里があった土地に、ルーデュニア聖王国という国を作り、魔導師を養成する魔導学院を作った。

学院の名は、イーニシュフェルト魔導学院。

彼はそこで学院長として、羽久(はつね)・グラスフィアと共に学院を創設した。

羽久は、喜怒哀楽が不安定な二十音が、自分の人格を安定させる為に作り出した、二十音の身体の別人格である。

イーニシュフェルト魔導学院で、シルナ・エインリーは大勢の魔導師の卵を育成した。

教え子から慕われ、尊敬される学院長として、長い間平穏な日々を送っていたが。
 
ある日、王立図書館の地下に封印されていた、『禁忌の黒魔導書』と呼ばれる非常に危険な魔導書の封印が、何者かによって解かれ、世に出回ってしまう。

シルナ・エインリー以下、彼の教え子達が集まる聖魔騎士団魔導部隊は、これらを排除、再び封印することに成功するが。

そこに、ベリクリーデ・イシュテアと呼ばれる、体内に聖なる神を宿した少女が現れる。

ベリクリーデが覚醒し、聖なる神がこの世に復活したとき。

シルナ・エインリーは、イーニシュフェルト魔導学院を作った真の目的…「優秀な魔導師を育てる為」ではなく、

「再び聖なる神が復活したとき、神殺しの魔法によって、聖なる神を封じる生贄とする為」に魔導師を育成していたことが明らかにされる。

それでも、彼の教え子とその仲間達は、その真実を知ってなおも、シルナ・エインリーの味方であることを宣言。

満身創痍になりながら、聖なる神をベリクリーデの体内に再び封印し、ルーデュニア聖王国とイーニシュフェルト魔導学院は、平穏を取り戻した。

…かのように思えたが、そこに、『カタストロフィ』と呼ばれる、『禁忌の黒魔導書』の封印を解いた張本人である組織が、彼らの前に現れる。

『カタストロフィ』のリーダーの名は、ヴァルシーナ・クルス。

彼女は、シルナ・エインリーを除いて、イーニシュフェルトの里の唯一の生き残りで、里の族長の孫娘であった。

ヴァルシーナは、使命を放棄したシルナ・エインリーの代わりに、邪神を滅ぼし、聖なる神を復活させることを宣言する。
 
シルナ・エインリーと聖魔騎士団の面々は、これらを退け、また『カタストロフィ』に協力していた、不死身の読心魔法使いルーチェス・ナジュ・アンブローシアを味方にする。

その結果『カタストロフィ』は崩壊、ヴァルシーナ・クルスは敗走する。

一方で、ルーデュニア聖王国の隣にあるジャマ王国で、異変が起きていた。

ジャマ王国最大のマフィアであり、暗殺専門組織『アメノミコト』は、ルーデュニア聖王国の転覆を目論み、ルーデュニアの軸となっているシルナ・エインリーの暗殺を計画する。

暗殺者として選ばれたのは、当時僅か14歳の少年だった。

彼の名は、黒月令月(くろづき れいげつ)。

令月は身分を偽り、イーニシュフェルト魔導学院に潜入して、シルナ・エインリーの命を狙おうとするが。

読心魔法使いのナジュに見抜かれ、暗殺は失敗に終わる。

その後、令月を取り返しに来た『アメノミコト』と一戦交えることになったが、令月は『アメノミコト』と手を切り、イーニシュフェルト魔導学院に籍を置くことで落ち着いた。

再び平穏な日々が戻ってきたイーニシュフェルト魔導学院だったが。

その平穏に、新たなる暗い影が忍び寄ろうとしていた…。


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