神殺しのクロノスタシスⅢ
ちなみに、今日の授業担当は、ナジュ・アンブローシアである。

実技の授業は、この男が担当することが多いらしい。

いつ心を覗かれてるか分からないので、気持ち悪い。

それより。

俺が注目すべきは、先日から罰掃除を返上して稽古を行った、ツキナの実戦訓練である。

自分の訓練はどうだったのかって?

別段言うべきことは何もない。

他の生徒達の手前、糸もワイヤーも使えないし。

別にそんなもの使わなくても、鍛え上げた体術と、簡単な魔法を組み合わせれば、簡単に勝てる。

が、そこまで己の実力をひけらかすと、逆に不自然に見えるかと思い。

手を抜いて、適当な魔法だけを使って、負ければ良いやと思っていたのだが。

思いの外相手が弱くて、隙ばかりを晒す、無様な様を見ているのが耐えられなくなったので。

足元に風魔法を打ち込み、適当に引っくり返したところで雷魔法を落とし、KO。

楽勝だった。

考えてみれば、敵意もない、殺気もない相手など、元より俺の敵ではない。

例え相手が戦車を持っていて、俺が丸腰だったとしても。

相手に殺意がなくて、俺に殺意があるのなら、それだけで勝てる。

殺意というのは、それだけで強力な武器になるのだと、ここに来て初めて知った。

殺意のない相手と戦って、初めて知った。

それはともかく。

そろそろ、ツキナの試合だ。

「はい、じゃあ次の二人どうぞー」

敢えてナジュ・アンブローシアの正面を向かないように注意しながら、稽古場の壁にもたれて、試合を観察する。

ツキナは、カチンコチンに緊張した様子で出てきた。

右手と右足が同時に出てる。

器用な歩き方してるなー。ロボットみたい。

「はいはい、そんな緊張しなくて良いですからねー。リラックスリラックス」

「は、ひゃいっ…」

声裏返ってるし。

本当に大丈夫だろうか。

罰掃除を返上してまで、訓練に付き合ったのだ。

勝ってもらわなければ困る。

「はい、じゃあ始めてくださーい」

ピー、と。

ホイッスルの間抜けな音と共に、試合が始まった。

こちらの戦術に、特に問題はない。

問題は、相手がどのような魔法の使い手であるかという点と。

練習で行ったことを、実戦で活かす度胸がツキナにあるかどうかという点である。

開幕、対戦相手の女子生徒は、水魔法の範囲技を繰り出した。

どうやら、水魔法を得意としているようで。

あっという間に、稽古場は辺り一面、水浸し。

こっちまで濡れそう。

いきなり足元が水に浸かって、ツキナが動揺しているのが分かった。

水浸しになろうが、火だるまになろうが、やるべきことは変わらない。

…さすがに火だるまはヤバいが。

臆さず、動じず、自分の作戦を展開する。

自分の得意なフィールドで勝負する。

俺が、『八千代』を森の奥に呼び出して一騎討ちしたのと同じように。

だから。

「…eoisn!」

ツキナは、意を決して杖を振った。

そう、それで良い。

同時に、俺と、すんでのところで彼女の心を読み、ツキナの作戦を知ったのであろうナジュ・アンブローシアが、耳を塞いだ。

瞬間。

稽古場に、黒板を引っ掻いたような甲高い騒音が鳴り響いた。

「うわーっ!何?」

「うるさい!」

周りにいた生徒達、騒然。

慌てて耳を塞いでいる。

ツキナの対戦相手も、いきなりの不快音に、思わず耳を塞いだ。

そうすると思った。

そこがチャンスだ。

「…rhundet!」

相手の隙を見逃すな、と、ツキナには散々言い含めておいた。

『八千代』や、『終日組』のような暗殺者は、いかなるときでも隙を晒したりはしない。

だが、ここの生徒は、まだまだ隙だらけの未熟者ばかり。

ならば、突ける隙は突いていけ。

初見殺しで相手を油断、動揺させ、その隙に一瞬で首を獲る。

暗殺者の手口だ。

俺は、この方法しか知らない。

「きゃっ!」

ツキナの使う雷魔法は、平均以下の威力でしかないが。

それでも、突然の不快音に隙を晒しまくっていた対戦相手には、充分な衝撃だったようで。

あっという間に杖を落として尻餅をつき、自らが作り出した水溜まりに、ぼちゃん、と転んだ。

これが本物の「実戦」なら、ここで首を獲るが。

「はい、おしまいでーす」

生温い「お稽古」は、ここで終了。

ツキナの勝ちだ。

「や、やった…!勝った…!」

勝利を噛み締めている様子のツキナである。

良かったねー。

「一体、今の音何だったんだ?」

「ツキナさんがやったの?」

他の生徒達は、今の試合の顛末が分からないようで、首を傾げていた。

すると。

「あれ、音魔法でしょう?考えましたね」

訓練を担当しているナジュ・アンブローシアが、ツキナと、周りの生徒達に向かって言った。

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