神殺しのクロノスタシスⅢ
僕は、天音・オルティス・グランディエの赴任を、素直に喜べない。

それは別に、彼のことが個人的に嫌いだからではない。

むしろ、普通に良い人だと思う。

あの人は、学院長に似てる。

自分の為より、人の為に行動するのが価値基準になってるタイプの人。

そういう人は苦手だが、でも嫌いではない。

じゃあ、回復魔法の授業が苦手だから?

別にそういう訳でもない。

回復魔法が苦手なのは事実だけど。

回復魔法どころか、力魔法以外の全てが苦手だ。

そうじゃない。

ただ、申し訳なくなっただけだ。

学院長達が、わざと嬉しそうに天音さんの赴任を教えてくれたときから。

僕は、申し訳なさしか感じてない。

だって。

天音さんがイーニシュフェルトに来たのは、多分。

いや、間違いなく。

僕のせいだ。

僕のせいで、あの人はここに来た。

忘れてはいけない。

僕は忘れてない。つい先日起きた、「一連の事件」のことを。

あれがまた、いつ起きてもおかしくないから。

いつ起きても大丈夫なように、あの人が派遣されてきたのだ。

少しでも、戦力を増やす為に。

僕を、生徒達を守る為に。

「…」

筆を握る手に、力がこもる。

授業中なのに、不死身先生の声がちっとも頭に入ってこない。

まぁ僕は、元々力魔法しか使えないから。

いくら真面目に風魔法の授業を受けたところで、訳分かんないんだけど。

…僕のせいだ。

僕が裏切ったから。

僕が、頭領様を。『アメノミコト』を裏切ったから。

僕のせいで、イーニシュフェルト魔導学院、シルナ・エインリー学院長は。

ひいては、ルーデュニア聖王国は。

ジャマ王国、そしてジャマ王国を裏で牛耳る『アメノミコト』を…敵に回してしまった。

僕が頭領様を裏切って、こちら側についたから。

そのせいで、皆巻き込まれてしまったのだ。

これは本来、僕が、僕だけが背負わなければならない問題なのに。

…申し訳ない。

本当に、大変申し訳ない。

『アメノミコト』は、裏切り者を許さない。

ましてや僕は、頭領様の親衛隊の一人だった。

そんな僕が、裏切りという、最も重い罪を犯してしまった。

任務の失敗より、ずっと重い罪だ。

頭領様は絶対に僕を、このまま野放しにはしておかない。

必ず、何らかの形で報復してくるはずだ。

それが何なのか、どんな方法なのか、誰を使うのか、それはいつのことになるのかは、分からない。

分からないけど、いつか必ず…来る。

僕の予想が正しければ…近いうちに。

そのときに僕は…どうすれば良いのだろう?
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