神殺しのクロノスタシスⅢ
不思議な子だった。

馬鹿な子だった。

彼女は、判断を間違えた。

僕なんて、死にかけた僕の、どうでも良い命なんて、放っておけば良かった。

他のクラスメイトと同じように。

それなのに彼女は僕の枕元にやって来て、甲斐甲斐しく手当てをした。

包帯を変え、傷口の膿を取り除き、体力が回復するようにと、水と食べ物を持ってきた。

こっそりくすねてきた、抗生剤まで飲ませてくれた。

僕は尋ねた。何でそんなことをするのかと。

僕を生かしたって、彼女に良いことは何もないはずだった。

敵に塩を送るも同然だった。

でも、彼女は笑顔で答えた。

「こんな場所だから。こんな場所にいるからこそ、生きられる命は大事にしなくちゃいけない」と。

僕にとっては、青天の霹靂だった。

何を言ってるんだ。

今生き残ったって、今月末の試験で死ぬかもしれない。

今月末生き残ったって、来月の試験で死ぬかもしれない。

死ぬかもしれない。死ぬかもしれない。死ぬかもしれないの毎日の中で。

彼女はただ一人、生きる希望を失っていなかった。

眩しい人だった。

尊い人だった。

自身も毎月の試験でクラスメイトを殺し、その罪悪感に苛まれながらも。

それでも、生きることを諦めなかった。

希望を持って、毎日毎日、息をしていられる瞬間を、噛み締めるように生きている人だった。

…美しい魂を持った、人だった。

僕はその一件を通して、キエルと仲良くなった。

あのまま放置していれば、死んでいたであろう傷も、彼女の献身的な看護のお陰で、治癒した。

彼女は正しく、僕の命の恩人だった。

誰もが顧みなかった僕の命を、拾い上げ、大切にくるんでくれた。

お互い、いつ死ぬか分からない身だということは分かっていた。

だからこそ、僕達は。

一緒にいられる時間を、噛み締めて生きていたのかもしれない。



…あの日までは。



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