神殺しのクロノスタシスⅢ
…場所を変えて。

学院長室に、『玉響』を連れてきた。

そこには。

「おっ、『玉響』じゃん。ひっさしぶり~」

「『八千歳』…!」

旧友にでも会うような、軽いノリのすぐりが待っていた。

「無様な格好だね~。その様子じゃ、君も任務に失敗したの?」

「…」

唇を噛み締める『玉響』。

「落ちたものだね~。『終日組』も。たった一人の裏切り者を始末するのに、何だってこんなに手間取るんだか…」

「…お前も任務失敗しただろ…」

「あはは!そうだった~。人のこと言えないね!」

つーか、お前が一騎討ちとか言い出さず、最初から『玉響』の計画に乗っていれば。

今頃、任務達成出来てたかもしれないんだぞ?

そこのところ分かってるか?

全く…。

「まぁまぁ、とにかく座って、『玉響』君。取って食ったりしないから、ゆっくりお話ししようよ」

「…」

シルナが促すも、『玉響』は険しい顔。

それもそうか。

敵に囲まれて、ゆっくりリラックスしてお喋りなんて、出来るはずがない。

ちなみに、自決用に仕込んでいたらしい口内の毒は、取り除かせてもらった。

これで、彼が自決する可能性は消えた。

当たり前だ。

こんな若い命を、こんなところで摘ませてたまるか。

「…僕をここに連れてきて、どうするつもりですか」

おっ。

尋ねるまでもなく、『玉響』の方から口を利いた。

すぐりのときみたいに、何を聞いても黙秘、じゃない。

しかし、言うことは同じだ。

「何を聞かれても、僕は絶対に話しません。『アメノミコト』を売るつもりはありませんから」

「…でも『玉響』君。そう言う君は、任務に失敗した時点で、『アメノミコト』に帰っても、殺されるだけなんじゃないの?」

「…!」

…図星のようだな。

「帰ったって殺される。そんな組織に、忠義を立てる必要はあるの?」

「ぼ、僕は」

「君は何も間違っていなかった。正しい選択をして、正しい方法で私達に挑んできた。それでも失敗したのは、私達が『八千歳』君から事前に、君の計画を知らされていたからであって、君のせいじゃない」

「…」

「君のせいじゃないのに、君が殺されるなんておかしいでしょう?」

「…僕に」

うん?

「僕に寝返れと言うんですか。『八千代』や『八千歳』のように…」

「うん、そうだよ」

…シルナ。

お前、はっきり言い過ぎだろ。

そこは嘘でも、「それは君次第だよ」くらいにしとけ。

「私はね、『アメノミコト』のやり方が気に入らない。君みたいに若い、年端も行かない子供を、無理矢理暗殺の為の兵器に仕立て上げ、捨て駒のように扱うやり方が」

「…」

「君達は捨て駒じゃない。一人の命だ。大切にされるべき、尊重されるべき命だ。だから失わせたくない。そんな…光の一つも知らず、闇の中で生まれ育って、闇の中で死ぬような人生を送らせたくない。…私のエゴだけどね」

…エゴじゃない。

そのエゴの為に、救われた命があるんだ。

「前の」俺のように…。

「だから、君も正しい選択をして欲しい。『アメノミコト』に帰らなくて良い。ここにいて、ここで人生をやり直せば良い」

「…そんなこと…僕にはもう…」

「許されないと思う?」

「…!」

…思ってたんだな。その顔は。

「君達暗殺者の言うことは、皆似通ってるよ。あれだけ殺したのに、あんなに罪を犯したのに、自分だけのうのうと平穏に生きるなんて許されない…ってね。その気持ちは、分からなくもない。私だって、ずっと君達と同じ気持ちを背負って生きてる」

「…」

「でもね、私と君達は違う。私は自分で判断して決めた。でも君達には選択の余地がなかった。だって従わなければ、自分が殺されるんだもんね。そうでしょ?殺したくて殺したの?違うでしょ?殺さなきゃ生きられないから殺したんでしょ?」

「…」

無言で、唇を噛み締める『玉響』。

「…図星みたいですね」

無言でも、ナジュに心を丸裸にされてるから意味がない。

気の毒。

「それでもどうしても自分を許せないなら、生きて償えば良い。死んだ人の分まで生きて、贖罪の道を歩むんだ」

「…贖罪…」

「そう。令月君達がその道を選んだように、君も同じく、贖罪の道を歩むんだよ」

そう言って、シルナは手を差し伸べた。

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