神殺しのクロノスタシスⅢ
ナジュ…いや、リリスを医務室に残し。

俺達は、学院長室に戻った。

しばらく、誰も、何も言えなかった。

自分の心の醜さを、自覚していなかった。

自分で意識していた訳じゃない。『玉響』が殺されたあのとき。

もしナジュが、ちゃんとすぐりの本心を読めていたら、こんなことにはならなかったんじゃないか。

『玉響』は死なずに済んだんじゃないか。

ナジュがちゃんと、すぐりの本心を読めていれば。この役立たず、と。

無意識に、心の何処かでそう思ってしまったのかもしれない。

いや、きっとそう思ったのだろう。

ナジュが俺の心を読んでそう判断したのなら、そうだったんだろう。

…何で、そんなこと思ったんだろうな。俺。

本当に醜い。

確かに、ナジュは自分の読心魔法に慢心していたのかもしれない。

でもそれは、俺達も同じだったのだ。

俺達も同じように、ナジュの読心魔法に依存していた。

本当は、ちゃんと自分の頭で考えて、判断しなきゃならないことでも。

ナジュが心を読んでくれるから。ナジュの前にはどんな嘘も建前も無意味なのだからと、たかを括っていた。

ナジュに負けないくらい、俺達だって慢心していたのに。

俺達はその責任を、ナジュ一人だけに押し付けた。

その結果が、これだ。

ナジュは俺達の信頼を損なったと判断し、危険な訓練を始めた…。

「…一応、謝っとくね。ごめん」

すぐりが、ポツリと言った。

「何で『八千歳』が謝るの?」

「だってさー…。ナジュせんせーが危険な読心魔法の訓練をしてたことは知ってたし、俺だって協力してたのに…。こんな風になるまで、止められなかったし…」

「でも『八千歳』は、不死身先生が複数人の同時読心訓練までしてることは、知らなかったんでしょ?」

「それはそうだけど…。教えてくれなかったし…」

教えたら、止められると分かっていたから。

だから言わなかったんだろう。

「なら『八千歳』は悪くないよ」

「『玉響』の件で、ナジュせんせーの弱点を暴いちゃったのは、俺だけどね」

「それでもだよ」

令月の言う通りだ。

すぐりは悪くない。

遅かれ早かれ、こうなっていただろう。

『アメノミコト』は、間違いなくナジュの読心魔法の対策をしてくる。

そうしたらきっとナジュは、対策の為の対策を始めただろう。

…本当、リリスの言う通りだ。

俺達は無意識に、ナジュを便利な道具扱いしてた。

そんなつもりは、全く無かった。

誓って言うが、本当に、そんなつもりはなかった。

肉の壁にしたとリリスは言うが、俺はそれが気に入らなかった。ナジュを盾になんて、したくなかった。

でもそれだって、俺達がやらせたようなものだ。

不死身だからって、死ぬほど痛い思いをすることに変わりはないのに。

ナジュは俺達を庇って、何回死んだ?

何回、死ぬほど痛い思いをさせた?

俺達は何回、ナジュの読心魔法を便利な道具として使った?

そして、その道具が、今回対策されてて上手く行かなかったからって。

心の隅っこで、この役立たずめ、と罵った…。

我ながら、最低な人間だ。

例え無意識でも、そんなことを考えてしまった自分が、堪らなく醜く思えた。

そしてそのせいでナジュは傷つき、無謀で過酷な訓練を始めた。

それだって、止めようと思えば止められたはずなのに。

ナジュがいつの間にか、学院長室に来なくなったことには気づいていたのに。

ナジュが何処で何をしていたのかなんて、詳しく探ることはしなかった。

いくら、身体が不死身でも。

心は、俺達と同じ普通の人間なのに。

そんな簡単なことに、俺達は気づいていなかったのだ…。

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