神殺しのクロノスタシスⅢ
…起きてしまったことは、仕方がない。

「…天音」

俺は、天音に声をかけた。

「何…?」

「あれ…さっきの、ナジュ…。ちゃんと、戻ると思うか?」

「…」

天音は、暗い顔をして俯いた。

…やはり、確かなことは言えないか。

そうだよな。

ナジュの人格じゃなくて、普段顔を出すことはないリリスが出てきたってことは。

ナジュは、そう簡単に目を覚ませる状況じゃないってことだ。

「まさか、完全に人格が破壊された訳じゃ…」

「じゃあ、もう不死身先生には会えないの?」

令月が、珍しく顔色を変えた。

「それは…嫌だな」

「…」

そうか。

お前もか。

俺も嫌だ。

「実際、あの人は今どういう状況なんですか?」

イレースが、努めて冷静に天音に尋ねた。

「確かなことは言えない。でも…脳に、自分の処理出来る限界以上の情報が流れ込んで…パンクしてる状態、なんだと思う」

「…」

思い出す。あの場にいたのが何人か。

教室にいた生徒達だけでも、二十人は軽く越えてた。

そこに、俺やシルナや天音が、わらわらと詰め掛け…。

それだけの人数の思考が、一人の頭の中に一気になだれ込んで来たのだ。

しかも、自分の意志とは関係なく、だ。

そりゃパンクもする。

「あれだけの人数の読心を、何分続けたのか…正確には分からないけど、少なくとも、生徒達が学院長を呼んできて、無理矢理気絶させるまで…5分以上はたってる」

「…」

5分…か。

たった5分、と思うかもしれない。

でも、ナジュにとっては、恐ろしく長い時間だったに違いない。

そして、人間一人の脳みそを破壊するには、充分過ぎる時間だ…。

「実際、どうなってると思う?」

俺は、天音に尋ねた。

「…普通の人だったら、脳が耐えられなくて…パンクしててもおかしくない。身体は不死身だけど…人格が破壊されたら…」

「…」

非常に答えづらそうに、天音が言った。

そうだね。

人格が破壊されたら、いくら身体が生きてたって、それはナジュだと言えるのか。

植物状態になってるのと変わらない。

そして、一つ明らかにしておかなくてはならないことがある。

不死身なのはナジュじゃなくて、魔物であるリリスだ。

例え脳が破壊されようと、リリスなら再生出来るかもしれない。

でも、ナジュは…あいつは元々、ただの人間だ。

俺みたいに、オリジナルが作り出した別人格って訳じゃない…。

だからもし、ルーチェス・ナジュ・アンブローシアという人格が死んでしまったら…。

俺が最悪のことを考えた、そのとき。

「そうですか。なら、心配要りませんね」

何事もなさげに、イレースがそう言った。

…え?

「イレースちゃん…?」

更に、イレースだけではなく。

「そうだね、大丈夫だね」

「だろーね」

令月と、すぐりまで。

大丈夫って…。

「三人共…何言って」

「あなたこそ、何を心配してるんです」

何?

「普通の人なら、人格が破壊されてるんでしょう?」

「あ、あぁ…」

そう言ったな、天音が。

「なら大丈夫です。不死身であることを差し引いても、あの人は元々普通じゃありませんから」

「…」

…イレース。  

お前、何と言う…身も蓋もないことを。
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