神殺しのクロノスタシスⅢ
…気を取り直して。

「彼の状態を改めて確認しますが…。意識はなくても、聴覚は失われてないんですよね?」

「そのはずだよ」

今のナジュの状態は、要するに。

物凄く脳みそを使って、酷使し過ぎて、疲れ果てて眠ってしまった。
  
それだけだ。

別に、肉体的な損傷がある訳ではない。

「現に、リリスがナジュの身体を使って、会話してたもんな」

リリスとは、相変わらずあれっきりだが。

呼びかけても呼びかけても、リリスは応答してくれない。

だが、聞こえてはいるはずだ。

「我々が考えた手段は、こうです」

クュルナは、杖を取り出し。

それを、ナジュに向けた。

…?あれは、何の魔法だ?

クュルナは…少なくとも、天音やシルナほどは、回復魔法に得手ではないはずだが…。

「クュルナちゃん、それは…?」

「幻覚魔法です。私は今、彼の脳内に直接、幻覚を見せています」

「…!」

脳内に…幻覚、だと?

「聴覚が機能しているなら、視覚も機能しているはず。そして人間は、百聞は一見にしかずということわざの通り、耳で聞く情報より、目で見る情報の方が知覚しやすい」

…成程、理に適ってる。

「それで、クュルナが医療チームのリーダーなんだな」

「そういうことです」

先日の、『アメノミコト』によるイーニシュフェルト魔導学院への奇襲。

あの際クュルナは、学院の生徒達を守る為、学生寮全体に大規模な幻覚魔法を展開した。

時魔法や空間魔法ほどではないが、幻覚魔法も、高難度とされる魔法の一種だ。

使える者を選ぶし、使えたとしても、長時間の維持は難しい。
 
俺でさえ、精々30分かそこらが限度。

しかし、このように、神経を使う繊細な魔法に関しては、クュルナは頭一つ抜けている。

回復魔法が駄目なら、別の角度からアプローチを試みる。

それ故、彼女が医療チームのリーダーに任命されたのだ。

考えたもんだ。 

「勿論、彼の視覚が機能している、彼が認識していると仮定した上での試みですから、全く検討違いなことをしているに過ぎない可能性は否めませんが…」

「いや…。例え届いていなかったとしても、俺達にとっては充分な進歩だよ」
 
例え、この幻覚魔法が、実は全然ナジュに届いていなくて。

無意味な空振りをしているだけ。その可能性は充分ある。

でも、それが何だと言うのだ。

この一ヶ月、何の進歩もなく、手をこまねいていることしか出来なかった俺達にとっては。

試せることは、何でも試した方が良い。

「朝になったら、他の医療チームも学院に合流する予定なので。このまま夜明けまで、私が魔法をかけ続けます」

「…」

…本気で言ってるのか。

お前、そんな涼しい顔して。

「…無理をするな、クュルナ」

顔には出さないが、この状態を一時間単位で維持するのは、並大抵のことではない。

先程も言ったが、幻覚魔法というのは、かなり繊細で、神経を使う魔法。

しかもそれを、脳内に直接、なんて。

今だって、涼しい顔して、何でもない風を装ってはいるが。

相当しんどいはずだ。

全く何だって、俺の周りには。

自分から進んで、無理をしようとする奴ばかりなんだ。

「幻覚魔法なら…下手くそではあるけど、俺も使える。疲れたなら言え。代わるから」

クュルナに比べりゃ、俺が使えるのは赤子も同然の幻覚魔法でしかないが。

それでも、クュルナを休憩させる時間くらいは。

「私も代わるよ、クュルナちゃん」

と、シルナ。

シルナも、幻覚魔法は使える。

クュルナほどではないが、俺よりは上手いはずだ。  

「私も…得手ではありませんが、心得くらいなら」

「僕も、一応出来なくはないから」

イレースと天音が続く。
 
付け焼き刃でも、俺達が代わる代わる選手交代すれば、クュルナが休める時間を作れるはずだ。

「…だってさ。俺も幻覚魔法使えたら良かったんだけどなー」

「大丈夫だよ『八千歳』。僕も使えない」

「そもそも君は、力魔法しか使えないもんね〜」

…元暗殺者組は、まぁしょうがない。

幻覚魔法を授業で習うのは、上級生になってからだ。

それまで楽しみに待っとけ。

「ありがとうございます。ただ…何度も言いますが、効果があるかは…」

「大丈夫だ、クュルナ」

俺は、クュルナの背中を軽く叩いた。

「絶対届いてる。クュルナ達が、必死に考えてくれたんだ。その思いは必ず、ナジュにも届いてるはずだ」

「羽久さん…」

俺が励ますと、クュルナは微笑んでみせた。

「…そうですね。信じて、頑張りましょう」
 
「あぁ」

まずは、俺達が気を強く持たなければ。

これだけの人の思いが、ナジュを待っているのだ。

深淵の奥深くにいるであろうあいつにも、絶対、きっと、届いてるはずだ。
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