神殺しのクロノスタシスⅢ
「考えなくて良い。あんなの見なくて良い、聞かなくて良いの。全部まやかしなんだから。ナジュ君は、ずっとここにいれば…」

「…リリス」

「…何?」

ここは温かいよ。
 
リリスと一緒にいられて、僕は凄く幸せだ。
  
でも。

その幸せはきっと、無償で手に入れたものじゃない。

覚えてないけど、そんな気がするのだ。
 
そう、覚えてない。だからこれは、全部憶測。 

ただ、そんな気がするってだけの話。

それでも。

「リリスは見てたんですよね。僕があの人達のところにいたときのこと」

「…うん、見てたよ」
  
「…そのとき、僕、どうしてました?」

彼らに、道具として使われてたとき。

便利な道具扱いされてたとき。
 
僕は苦しんでいただろうか。逃げ出したいと思っていただろうか。

利用されてるのが分かっていても、仕方なく彼らに従っていただけなのだろうか。

…多分、それは違うのだろう。 

でなければ。

必死に僕の名前を呼ぶ彼らに、応えたいという衝動が、湧いてくるはずがない。

「…笑ってませんでした?僕」

「…」

「少しも幸せそうじゃありませんでした?誰も僕に笑いかけてくれてませんでした?」

「…」

「あの場所で、僕は…不幸だったんでしょうか」

「…ナジュ君は」

リリスの声は、絶望に沈んでいた。

「戻りたいの…?この安全で、幸せな場所から離れて、あの危ない、君を利用することしか考えてない人達のところに戻りたいの…?」

「…」

…戻りたいか、戻りたくないかで聞かれると。

戻らなくても、良いと思う。  

だって僕はここで幸せだから。

戻ったって、どうせ僕は彼らのことを覚えてない。

リリスの言う通り、また良いように利用されるだけなのかもしれない。

…だけど。

「…心がね、呼んでるんです」

あの人達が、僕を呼んでいるように。  

僕もまた、あの人達を呼んでいる。

名前を呼びかけられる度。戻ってこいと言われる度。

懐かしい景色を見せられる度。

あぁ行かなきゃ、戻らなきゃって思う。  

それは単なる義務感なのか。使命感なのか。
 
違う。

記憶はなくしたのに、それでも僕は、心の奥底で。 

ずっとリリスを求めていたように。
 
ずっと、彼らのことを求めている。

会いたい、触れたい、言葉を交わしたいと思ってる。  

あの温かそうな場所に、自分も入りたいって。
 
それもまやかしなのだろうか?僕を罠に嵌めて、便利な道具を取り戻したいだけ?

違うだろう。  

だって、心が呼んでるんだ。
 
戻りたいんじゃない。

「僕は…あの場所に、帰りたい」

そこが本当に、僕の居るべき場所だと思うから。
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